ギフティッド教育:NOT YETというとっても大切な概念

子どもたちが取り組む時、私は一つだけ質問します。

それは、「みなさんは準備はできていますか」ということです。

取り組むことにコミットするのは、子どもたちだけではなく、私たちもです。

実際は、私たちのコミットメントの方が大変なのかもしれません。

そもそも、取り組まないとならない物事は、生徒たちにとっては、”NOT YET まだ…できていない”のものばかり。

でも、このNOT YETという概念はとっても大切な概念です。

「今はできていないけど、取り組めばできるようになる」ということです。

この概念は経験によって、大切な価値に変わっていきます。

でも、生徒たちが取り組んでいる時、やっぱり目につきます。

「おろそかにしている」

「だらけている」

「コミットメントが足りない」

「「やる」って言った言葉はどこいった?」と感じるかもしれません。

生徒たちは「やる」と決めても、「実行していくスキル」が伴っているわけではありません。

必ずしも、「取り組む=できていく」わけではありません。

できる日もあれば、できない日もあります。

今日できたからといって、明日も必ずできているわけではありません。

僕らの目線を「できている」「できていない」ところに向けず、「取り組んでいるか」「取り組んでいないか」に目を向け、できる限り「取り組んでいる姿にイイネ」の応援を送りましょう。それは、生徒たちにもその「プロセス重視」を大切だということを教えてあげましょう。

子どもたちが取り組むことに、あえて親は何をするか。あえて何をしないか。明確にしておくこと。何を言うか、何を言わないか。明確にしておくこと。

目につくと、指摘しがちです。そして、その指摘は口論に発展することもあります。

どんなに口論が激しくなったとしても、

「キラーステートメント」は絶対に言わないというコミットメント

「キラーステートメント」とは、

相手を傷つける言葉、取り返しのつかない言葉、後で後悔する言葉です。

例えば、学習面に取り組むとしたら、

「だから、勉強しておけばよかったでしょ」

「だから、小学校に行けばよかったでしょ」

「どうせ続かないでしょ」

「どうせやらないでしょ」

「バカなんだから」

「もっとできる子だと思った」

キラーステートメントはたくさんあります。

以上のようなキラーステートメントは生徒たちにとっては傷つくだけではなく、お父さんもお母さんもそう思っているんだと感じてしまいます。

もしかしたら、本人自身も思っていることに対して、やっぱりそうなんだと確実なものとしてしまいます。

そして、キラーステートメントは、生徒たちが「できない理由」「やらない理由」としてしまいます。

なので、

キラーステートメント」は絶対に言わないというコミットメント。

しない変わりにすること。

それは、

E-ステートメントのEはEncouragementのEです。

応援の言葉を言うコミットメント

「頑張ってるね」

「やってるね」

「取り組んでるね」

そして、「褒めて育てる」のではなく、子どもが自身に「イイネ!」を出す。

その言葉を親はエコーして増幅してあげましょう。

「頑張っているね」は、「頑張って」という一度の応援だけではなく、

「頑張りを見ている」ということを伝える言葉です。

E-ステートメントは言われれている側だけではなく、言っている側も気持ちが良いものです。

結果ではなく、取り組んでいることに「イイネ」

タイムラインは?まず2週間です。

E-ステートメントにコミットメント。

素敵な言葉で溢れる2週間にしてください。

そしてGWは振り返りとお祝い!

できているか、できていないかに目がいくと、私たちは、

「何度言ってもできないんです」

「何度言ってもわからないんです」

子どもたちは Executive Functioning Skills がそもそも備わっていません。

これは、実行機能スキルといって、タイムマネージメントだったり、段取りだったり、

準備だったり、整理整頓だったり、いわゆる、生徒スキルに直結しているもの、

または学習に直結しているものです。

このスキルを学ぶには、中学で2年も3年もかかります。

でも、目的は実行機能スキルを上達させるのがゴールではなく、「Study Smart, not just hard – 一生懸命だけではなく、賢く学ぶ」ことを実践していくことです。

よく、小学校の時に成績がよくても、中学に進学してから、成績が下がったというケースがあります。それは、勉強が難しくなったのではなく、実行機能スキルがなく、生徒スキルがないからです。

クラスにいるだけで良い成績がとれる。特に勉強しなくても良い成績がとれる、または、宿題なども次の日などの提出などの小学校生活だと、そもそも実行機能スキルが必要とされていないのです。

しかし、中学になると、教科によって先生に教え方が変わり、宿題も翌日ではなく、数日先、数週間先のもの、そして、平行して部活などがあり、中間テスト、期末テストなど、出題範囲が広く、また、前日勉強すればどうにかなるものではありません。

実行機能スキルと生徒スキルを向上すれば、学習面も生活面も向上していきます。

できるかできないかといったら、はるかに何十年も生きている僕らの方ができることでしょう。

でも、日々、成長しているか否かといったら、もしかしたら、生徒たちの方が成長しているかもしれません。

子どもたちが取り組む時、私たちも、取り組む準備とコミットメントが必要です。

「みなさんは準備はできていますか」

ギフティッド教育:「ギフティッドのABCDE」

Aspire (大志を抱く)「絶対に….やってみたい」「絶対に…になる」「世界のために……したい」ギフティッドの子供たちの中には大きな志を持っている子がいます。そして、正義感が強い子がいます。


Q. 子供がその気持ちを共有した時、あなたはどう動きますか。


Bold (画期的)「Old vs. Bold」ギフティッド教育を話す時、私はこの2つのキーワードを用います。古い体質の画一的な教育(OLD)を提供するのか、それか画期的な教育(BOLD)を提供するのか。


Q. あなたの子供のベストフィットな教育環境とは?

Celebration (お祝い)
学ぶの大好き!でも勉強大嫌いという子もいます。私:「今年はテストはありません」生徒達:「やった!」私「はい、鉛筆と消しゴム準備だけ机の上」生徒達:「テストないっていったじゃん」
私:「テストじゃないよCelebration of your knowledge(知識のお祝い) 」生徒達:「一緒じゃないかあ!」何でもお祝いにする!


Q. 学んだこと、取り組んだことを実践する機会はありますか?


Dependable (頼りになる。頼る。)ギフティッドの子供たちはクラス内で「先生の助手」の役割をさせられるケースが多いです。頼られる存在になるのは嬉しい事だけど、頼りにする存在は子供の中にどれくらい存在しますか。そして、子供は何か必要な時に、助けを求める事ができますか。

Q. 子供たちが頼り相談できる親以外の人はいますか?


Eye-Opening Experience(驚く体験)目を真ん丸くして口を大きく開けて「ワォ」、知的好奇心をくすぐられる体験をギフティッドの子供たちは欲しています。
さい意外な自分の一面に出会う経験は?


First Penguin Awardという言葉をご存知ですか。餌を求めてペンギン達は海に飛び込みますが、飛び込んだ先には必ずしも餌があるとは限りません。危険が待っている事もあります。ペンギン達は氷の端まで行きますが、その時、必ず最初に飛び込む勇気あるペンギンがいます。そのペンギンのおかげで他のペンギン達も飛び込む事ができます。飛び込み方が下手かもしれません。腹を思いっきり打っているかもしれません。でも、大切なのは「最初にやった」という事です。上手にできたかではなく、大切なのは「最初にやった」という事です。

このFirst Penguin Awardは誰も勇気がないのに、手を挙げて、最初にやった勇気ある人に与えられる賞です。

最近、皆さんは自分にこの「First Penguin Award」を与える出来事はありましたでしょうか。子供たちに話す時、過去の経験から得た教訓を話していますか。それとも、現在進行形で起きている出来事から学んだ事を子供たちに共有していますか。子供も大人も「新しい事」という機会の前では一人の人間です。同等の立場に立ちます。         

子育てを豊かにする教育のお話「話せば良いのか。離せば良いのか。」

先日ギフティッドサポートグループミーティングでギフティッド教育について話をしました。とっても抽象的です。

ギフティッド教育において目指すべき事や、親が目指すべきこと、子供たちが目指すべきこと。それは、小さな子から、大きい子まで、具体的なことは違いますので、ギフティッドの子育てで必要な概念を参加者にお話しました。

なので、きっと、消化不良でしょう。「実際に何ができるのか」でも、手元のノートには、色々な言葉が残ったはずです。じゃあ、具体的にはどうしたら良いのだろうと。具体的にできることを見極めてアクションを取る必要があります。大切なことをベースに具体的なことを考える種が増えました。

一方で午後は、スライドはほとんど紹介せず、参加者たちの知りたいことや悩みなどの話で、できる限りの具体的なアドバイスをしました。「それが聞けたんでよかったです」「これからやれる事がわかりました」と。

でも、ギフティッドに関して、ギフティッド教育についての話は午前中ほどしていないので、抽象的な言葉というのは頭に残らなかったことでしょう。それより、ノートには具体的にできることが書かれていると思います。もしかしたら、気持ちが晴れたのは、午後かもしれませんが、その具体的なアドバイスが必要な課題などは、もちろん、これからも出続けます。

そういった中で、「感情知性はどうやって育むんですか」という質問を受けました。

まずは、「会話」からでしょう。というのが私の返事でした。それは、親は悩んでいるけど、悩みについて、子供とそこまで課題については話していないということがわかったからです。また、子供の気持ちを聞いていないということがわかりました。結局最後は、「本人と話してみます」と。

快適じゃない会話をするということ。

「離せば良いのか。話せば良いのか。」

実際に会っている時間のコミュニケーションは上部だけであり、本音がSNS上などのコミュニケーションと感じている子も少なくありません。いくらSNS上でのマナーやエチケットなどを教えても、守らない人は出てきます。いくら教え続けてもSNS上のトラブルは無くなりません。

また、対応として、違うクラスにする。違う担任になる。周りをいくら変えても、課題が本人にあるのであれば、同じような問題というのは生じます。

それより、子供たちには「あるべき姿を経験させる」必要があります。

「それしか選択肢がないと追い込まれた時、それ以外にも選択肢があると経験上知っていること」

お互いの方を向いて座る。

膝と膝を突き合わせる。

自分の正直な気持ちを伝えることに徹する。

相手の正直な気持ちを受け取ることに徹する。

お互いに、お互いの耳に届くように徹する。

例えば、エクスプロラーの生徒たちも何度も経験してきています。冒険中で生じた気持ち、数日たっても引っかかっていること。自分の中で、消化できない気持ちがある時、相手に伝える必要がある時、直接会って、話すことを選択します。

言葉はしどろもどろ。

目もしっかり見れない。

頭は下がりがち。

声も小さい。

伝えたいことの半分しか伝えられなかった。

でも、お互いの言葉の受け取り方の誤解や、そういった意図ではなかった。そういった意味でもなかった。でも、自分はこう受け取った、お互いに気持ちを見せ合うことの大切さを経験し続けています。僕らがいうVulnerbility です。あるがままの状態を隠さず見せる。

なので、彼らは高校に行っても、大学に行っても、就職してからも、どのようなコミュニケーションが「あるべき姿」なのか経験をしながら学んでいて、きっと仲間たちにとってインスピレーションになるでしょうし、そういうコミュニケーションが必要となった仲間たちにモラルサポートができることでしょう。

また、過去に、嫌な事をされ、馬鹿にされたのであれば、自分がされて嫌だったこと、絶対に周りにはしないということ。本当の強さは、そういった人にはなりたくない。だから、自分は人に優しくすることを「言葉」でいうのではなく、実際にしていくことでしょう。

「昔、やられたから、今、自分がやってもいい」というのは弱さです。

また、「今度、こうされたら、先生に直接話す」「今度、こう言われても、気にしないようにする」

それは、強さではなく、「対応」です。その機会が訪れてみて、その対応ができるか否かわかるような「対応」を考えているだけです。

真の強さは、そういった未来の機会で試されるわけではありません。今、現在です。

今、現在の行動が、嫌な思いをさせられた相手のような同じことをしているのか否か。また、違った選択をして、嫌ではない、人が喜んでくれるようなことをしているのか否か。現在の機会で、「真の強さ」を見られています。

ただ、その道を選ばなかった時、自分を誤魔化すことはできません。

「本当であれば、それをすることが一番なんだけど」とわかっているはずです。一番の怖さは誤魔化している自分を持ち続けることでしょう。

でも、その同じような「機会」は訪れても、「同じ機会」は2度訪れません。

だから、”Taking the high road”

正々堂々は決して、怖くないわけではないでしょう。

正しい行動をするのは、怖くないわけではないでしょう。でも、誇りに思えることでしょう。

ギフティッド教育:ギフティッドチルドレンはEXTRAORDINARY!

もし、日本で、彼らをグレーゾーンとみなす大人がいたら、何人の大人が、彼らはThrivingゾーンにいなくてはならないことを知っているでしょうか。

ギフティッドは教育ラベル必ず議論になるのが、「ギフティッドの教育ラベルを貼る必要があるか否か。」また、「ギフティッドに代わる言葉はないか。」などです。そういった中で、Extraordinaryという言葉を使う教育者もいます。

“Gifted children are extraordinary”と。

extraordinaryを辞書で調べると、こんな意味があります。
extraordinary【意味】異常な、風変わりな

しかし、extraordinaryは褒め言葉に使います。物事にも、人にも使用します。

– Your work is extraordinary  君の作品は素晴らしい。

– She is an extraordinary actor 彼女は素晴らしい女優だ。

そして、この3つは、褒め言葉に使用されます。

extraordinary 並み外れた、目を見張るもの

outstanding 素晴らしい

exceptional  格別な、並外れた


「ギフティッドはExtraordinary」と説明した場合、「ギフティッドは素晴らしい」と言っているわけではありません。ほとんどのギフティッドの子供たちは真逆の意見を持っているかもしれません。「ギフティッドは大変」「ギフティッドはしんどい」でしょう。


しかし、本人たちが望むのであれば、ギフティッドの子供たちはExtraordinaryになれる可能性、また、Extraordinaryな創造をする可能性を秘めています。

その可能性を引き出すためには、EXTRAが必要な子供たちです。

ギフティッドは、何でもエクストラが必要です!!!

エクストラのチャレンジが必要

エクストラのサポートが必要

エクストラの関わり合いが必要

エクストラの成長の機会が必要

エクストラの存在場所が必要

エクストラのメンターが必要です。

みなさんの子供や生徒は、エクストラで何が必要ですか?
今年度は、このEXTRAに何が必要かをどんどん提供してみませんか? GO BIG!!!
しかし、気をつけてください。ギフティッドの子供たちが口を揃えていうのは、「要らないのはエクストラの宿題とエクストラの期待」

多くのギフティッドの子供たちを育ててきましたが、多種多様な魅力満載の子供たちです。しかし、よく似ているところがあります。それは、彼らの状態です。大きく分けると二つです。

Thrive or Survive (力強く育っている vs 生き残ろうとしている)
ギフティッドの生徒たちが目指すべき状態は Thrivingの状態です。Thriving とは成長の機会を自ら探し、快適ゾーンの外へ自分を押し出し、失敗も成功も成長体験として、自分を認め、成長している状態です。

Thrivingしている生徒目がキラキラして、額にはうっすら汗が流れている。アイデアが溢れ出ている。何かプロジェクトを始めている。ホームセンターのおじさんが聞いたこともないようなアイデアを形にしたいと、アイデアを説明している。はじめての….というのにチャレンジしている。快適ゾーンの外に出ていく。そう、Thriving。誰も止められない。 

Survivingしている生徒目が死んでいるかもしれない。騙し騙しで学校に行っている状態。個性の爆発ではなく、個性を押し殺している。自分を表現できなくなる。浮かないように自分を騙しながら、学校に行っている。

学校で驚きはなく、繰り返しかもしれない。周りが何とか学びの灯火が消えないように知的好奇心を満たそうとしている。Surviving。チャレンジされないまま、年をとっている。学校をSurviveした後には、何が待っているのであろうか?


GO BIG or GO HOME 派手に大胆にいきましょう!Survivingの状態に居続けるのか。また、 Thrivingの状態に進んでいくのか。もし、 周りに合わせ、自分を押し殺してSurvivingの状態でいるのであれば多くのギフティッドの子供たちは、騙し騙し学校に通っていることでしょう。

学校を騙し騙し乗り切った後には、何が待っているのでしょうか。そうであれば、早い段階で GO BIG!!! 目の前にいるギフティッドの子供に必要な教育を創造していきましょう。


ギフティッド教育の教育者たちはが口を揃えていう言葉が2つあります。
1. “Meet their needs”「必要な事に応える」
ギフティッドが必要としていることは何だろうか。それは個々によって違うが、
ギフティッドの多くの生徒が必要なのはアカデミックなチャレンジではありません。彼らが必要としているのは、感情知性を育んでいくことです。

ソーシャルエモーショナルスキルを磨いていくことです。それが、ギフティッドの多くが持ち備えている特徴を諸刃の剣として、磨いていくことができます。

自信と自尊心を持つ自分本人がどんな人なのかを経験を通して知ることです。気持ちに圧倒されるのか、圧倒的なエネルギーに変えるかです。


2 “It’s all about finding his/her right fit – 最適な場所を見つける” ギフティッド教育がないからと嘆く必要はありません。

ギフティッド教育はピンキリです。

ギフティッドという名前がついていても、自分の子供に挑んでくれるかは別問題です。そして、この日本にはギフティッドという名前はついていなくても、ギフティッドの子供たちに挑める教育環境やカリキュラムがあります。

そして、そういった場所で、同じレベルで色々な物事を議論できる仲間がいるか否か。賢くても、いじめに合わないか。一つの才能を伸ばす、英才教育でなく、素晴らしい人として大きく育つコミュニティーに存在しているか。とても大切です。


私たちが一番の応援者です。今日からGO BIG!時に、私たち大人は決めつけてしまう「結局、日本の社会で生きていくから」しかし、本当にそうでしょうか。日本から出て、世界で生きていくかもしれません。しかし、日本で生きていくからという理由で育ててしまったら、世界には目が向かないかもしれませんよね。


私たちは、ギフティッドの子供たちに、窓に映り込む自分の姿ばかりではなく、その外に広がる世界を見せてあげなくてはなりません。
みなさん、GO BIG!! 派手にいきましょう!

ギフティッド教育:ギフティッドチルドレン

ギフティッドの子供で一人で遊んでいる場合、それには、色々な理由がありますよね。同年代の子供たちだと、何か物足りなかったり。

また、似たような趣味でも誰もそのレベルで興味を持っている子が周りにいなかったり。

また、「頭の中で描いていること」その世界観は本人でさえも言葉や形にすることができないかもしれません。そして、人に何度も説明することが嫌いな子も多いです。

また、どれくらいの「思い」でやりたいかというのも共有しづらいかもしれません。

結果、「自分が好きにできる」「自分のペースでできる」「説明をしなくても済む」状況になってしまっているのかもしれません。


でも、みんなと遊びたくないわけではない。逆に、みんなと遊びたいし、友達だって欲しい。理解してくれる人が欲しい。親友が欲しい。


親が「一人で遊ぶタイプなんです」というのは、既にタイプ分けをしてしまっている。「今のところは、一人で遊ぶことが好きみたいです」の方が良いでしょう。

もしかしたら、「お互いにインスパイアしながら」の良さをまだ知らないのかもしれません。グループでのワークになると、「ウチの子はできるかな?」と、既に親が諦めているかもしれません。結果、子供たちは成長の機会を失っているかもしれません。

その場合、子供は意外な自分の一面をみることはないでしょう。
ギフティッドの子供たちの中には、こういった特徴が
「諸刃の剣」となり、衝突の原因になる場合もある。

– 周りや自分への期待が大きい。- 批判的- 独創的- 完璧主義

しかし、グループワークの中での衝突はよくあることです。衝突は成長の機会です。ある意味、ぶつかり稽古が必要不可欠です。


みんなで遊んだり、授業のグループワークやプロジェクトの時、大喧嘩している事多々あります。休み時間とか、言い合いで終わってしまう子たちもいます。

例えば、鬼ごっご。とっても簡単な鬼ごっご。そこにルールを足して、より複雑にし喧嘩になる。クラスでのペアでのプロジェクト、一人は締め切り間近で何でも仕上げる生徒。一人は何でも余裕を持ってタイムライン通りにする生徒。プロジェクトが進行していくに連れてケンカになっていました。

「僕がリーダーになりたい!」

リーダーになりたい理由はリーダーシップを発揮して、導きたいのではなく、大抵の場合は自分の意見を通したいから(笑)

「みんな僕の話を聞いてくれない!」と怒っている子がいます。

みんな聞いているんです。

ただ、彼の思い通りになっていないんだけなんです。必ず必要になるのが「折り合いをつける」ということ。

この「折り合いをつける」は決して「諦めて受け入れる」ということではありません。

「 Agreement with = 折り合いをつける」お互いに生じている気持ち、生じている自分の気持ちに耳を傾け、それを acknowledge – 受け入れること。

1.「生じているお互いの気持ち」との折り合い
だから、お互いの気持ちを知らなければならない。自分の気持ちを伝えなければならない。すなわち、「折り合いをつける」というのは、相互の「生じている気持ち」を伝え合うこと。

そして、相手も自分もその「生じている気持ち」に圧倒されているのであれば、タイムアウトをとらなくてはならない。自分はイライラしている。自分は怒っているなど。「生じている気持ち」を受け入れる。

How are we feeling?  – 今、私たちはどんな気もちになっている?
生徒によっては、何も言えないかもしれません。

また、理由は言わず、生じている感情だけかもしれません。生徒A  “………………”生徒B  “ I am frustrated 私はイライラしてる”生徒C  “ I am frustrated because you don’t listen – 僕はイライラしてる。

その理由は君が聞かないから”この時、大切なのは、強調するのは、自分がどう感じているか。原因ではない。

2 .「生じている自分の気持ち」との折り合い
生じている気持ちに圧倒されているのであれば、その気持ちと向き合わなくてはなりません。気持ちを伝えたあと、次のステップにいける生徒もいれば、タイムアウトをとって、その気持ちと向き合わなくてはならない子もいます。

ここで大切なのは、子供それぞれの状態があるので、それぞれの対応をしなくてはならないということ。「Come back when you are ready – 準備ができたら、戻ってきて」と言える生徒もいれば、”Hey, deal with it –  対処しろ”と冗談交じりに短くアドバイスすることもできます。

また、具体的なステップが必要な子もいます。

3.「Are you part of the solution or part of the problem?君は問題解決の一部なのか。問題の一部なのか。」
まず、そこから一歩前進したいか思いを確認する。

「どうやってやりたい?」

この時、大抵の場合は、ステップの確認、工程の確認、また、ケンカをしないように、やる内容を公平になど話し合うことでしょう。例えば、自分が思う正しいやり方をお互いに説明しようとするかもしれません。

例:テントの設置など「僕はポールをこっちに入れた方が良いと思う」「前にやった時は、ペグを先に打ったと思う」自分の考えを述べる。

明確にいうと、ここが感情知性を育んでいる子と育んでいない子に大きな差がでます。感情知性を育んでいる子は、これまでの気持ち、そして、これからの気持ちを大切にするからです。

話し合うべきことは”How do you want to feel while you are doing it? やりながらどんな気もちになりたい?”

「応援し合っているなと感じながら、やりたい」「お互いに耳を傾けているなと感じながら、やりたい」「楽しいと感じながらやりたい」


4. 最後にCommitment – コミットメントお互いにお願いすること、自分ができることを話し合う。お互いにコミットする。

具体的にはどんな言葉が必要なんだろう。具体的にはどんな返事が必要なんだろう。どんなコミュニケーションの取り方がいいんだろう。そのためには、e-statement (応援する言葉)を使う!


大切なのは、これがプロセスであるということと、皆が共通して取り組むプロセスだということをお互いに理解していること。

そして、どの時点でもタイムアウトを取ることができる。タイムアウトの取り方はそれぞれ。そして、タイムアウトが自ら取れない子もいる。「解決の一部となる」コミットメントができたら、戻ってくる。


この時、先生、大人はどんな役割で、どんなことができるか。まず、「橋渡し役」であるということと「Put it in perspective 状況を大局的に見せてあげる」ことができる。


こういった機会というのは子供たち自身が大人がいなくてもでできるように教えていく。ソーシャルエモーショナルスキルだ。
こういった説明をすると、こういった声を聞く。

「そんな時間ないんです。」

「そういったことができる先生がいないんです。」

「それって大変ですよね。」


そういう時は、私はこの質問をします。

「Are you part of the solution or part of the problem?君は問題解決の一部なのか。問題の一部なのか。」

ギフティッド教育:ギフティッド教育は挑戦的な教育


最初に教えた生徒たちもすでに30歳を超えました。それぞれの人生のミッションに忠実な教え子たち。彼らが活躍する分野は多岐に渡っています。そして、現在、日本にて、ギフティッドと見極められる生徒たちも含めて、色々な子供たちに挑んでいるが、縁が合って出会っているご家族と共に成長していくのは、最高です。

日本では「ギフティッド」という言葉が教育用語にも関わらず、教育現場で知られていない。学校の先生たちも「ギフティッド」という言葉を知らない先生が多い。

だから、ギフティッドと見極められる子供たちは一般のカリキュラムではチャレンジとサポートができないことを知りません。ギフティッドの生徒は、アメリカであれば、担任の先生が気がつくことが多いです。しかし日本だと、ギフティッドという言葉を学校の先生からではなく、医療関係者から聞くこともあるようです。

だから、勘違いしてしまうのでしょう。そもそもギフティッドという言葉は医療用語ではなく教育用語です。医療関係者だと「ギフティッドかもしれません」大抵はそれくらいで、明確な理由も教えてくれません。また、「こういった子供は海外で教育を受けた方が良い」などのような、ほとんどの家族には途方もないアドバイスを受けるようです。

ギフティッドという教育ラベルは、その子にとって、挑んでいかなくてはならないというラベルになるか、また、スティグマになるかは、その子供の教育に必要不可欠なものを理解するかが鍵です。

何が「必要」で、何が「必要不可欠」かというのは明確にしなくてはならない。そして、それは子供の成長とともに変化していきます。

感情知性はプロセス。取り組み。過程。長い期間で磨いていくもの。単発の夏期講習的なものでは、育めない。ギフティッドは勉強や知的なもの意外なチャレンジの方が必要不可欠です。

ギフティッドの子供を育てているのであれば、

Needs vs. Essential ー 必要なのか、必要不可欠なのか。

例えば、感情知性を育むのは必要不可欠。ギフティッドが自尊心や自信を育みながら、自分の才能を探求したり、自分の魅力を探求したり、そして、人生においての幸せは、感情知性が鍵だといっても過言ではありません。

何がEssential(必要不可欠)なのかは、ギフティッドチルドレンだからという物もあるが、それらは成長によって変わっていくので、「見極め続けられている」ということが必要不可欠です。

ギフティッドの子供を家庭レベルで育てていくのは必要ですが、コミュニティーで育っていくのは必要不可欠です。ギフティッドが安心して果敢に挑みを続けられる仲間たちが必要不可欠です。ラベルを貼ったら終わりではありません。

そのラベルの目的は子供に挑むことです。挑むには、ギフティッドを理解し、挑み方を知らなくてはなりません。ギフティッドがどのレベルで挑まれ、そして、どんな成長をしていくかを、ギフティッド教育のカリキュラムから、そして、クラスルームでの経験から知っている必要があります。

保護者たちは、ギフティッド教育や、偏差値の高い学校が必ず子供にとって良いとは考えないことです。また、ギフティッド教育は、ピンキリです。質のよいものもあれば、看板だけのようなものもあります。

偏差値の高い学校が必ずしも子供にとってベストスクールではありません。キーワードは、自分の子供にとって「ベストフィット」大人になる前には「ギフティッドチルドレン」のラベルが剥がれるように、本人が自分の魅力を探求できるように挑みます。このラベルの後ろに隠れている人は誰なのか。素晴らしいのは、その子が「ギフティッド」だからではない。素晴らしいのはあくまでも「本人」だからです。

ギフティッドと見極められたからといって、将来が約束されることは一つもありません。私はギフティッドが持つ才能ではなく、その子たちそれぞれが持つ魅力に釘つけになります。私が興味があるのは、既知より未知。子供たち、保護者もまだ出会えていない一面であります。快適ゾーンの外で冷や汗をかいている生徒を見ると、誰もが意外な結果に驚くことになります。

ギフティッドの多くは「秀才」とは呼ばれないでしょう。「ギフティッド=勉強ができる」わけではありません。それより「風変わりな子」や「奇抜な子」と思われるかもしれない。

「秀才 vs ギフティッド」
まず、「普通」という枠の中には収りません。クラスの中で先生が枠の中に入れようとしても入らないのは、その子もワガママではありません。そもそも、その枠というのはとっても小さい枠だということです。

ギフティッドの子供たちは常識に囚われずに、独創的な発想で考える「箱の枠の外の思考」をします。

しかし、発想は枠の外でも、多くのギフティッドの子供たちは、自らの快適ゾーンの中に留まり、失敗を恐れ、リスクテイカーではないでしょう。リスクテイカーではないので、意外な自分に出会う機会や成長の機会に手をあげない子が多いでしょう。そういった子は成長マインドを育んでいかなければなりません。「できないのは、現在の時点で、努力すればできるようになる。」”Not yet” の哲学です。これも教えることではなく、経験して自分の大切な価値となっていきます。

私達の教え子は一般的な仕事には就かず、自分たちで作るでしょう。遠い場所へ旅をする人になるでしょう。困っている人達に手を差し伸べる人になるでしょう。学歴ベースではなく、情熱ベースで道なき道を切り開いていくことでしょう。

しかし、もっと大切な事はより良い人として育ち、自分のベストを引き出すために必要な感情知性のスキルを身につける必要がある事に気がつき、磨いでいくことでしょう。昔の自分だったら選ばない道を選択し、仲間達に頼ったり、頼られたり、コミットメントすることの大切さを学ぶでしょう。

ギフティッドと見極められる子どもの子育ては、子育て経験がまったく異なる。ギフティッドの「才能」ばかりが注目されると、ギフティッドの子ども、または保護者は不安と恐怖の中で育っていくでしょう。

ギフティッドの生徒たちは、先生にとって、決して優等生ではない。むしろ、先生として鍛えられ、人として見られることでしょう。意味や意義を大切にしているので、色々な指示や伝統に対して「なぜ?」と聞くことが多いかもしれませんが、決して反抗しているわけではありません。あなたの意見が聞きたいだけなのです。議論がしたいんです。魂と魂のぶつかり合いをしたいんです。

ギフティッドの多くは皆さんが思うような「天才」ではありません。しかし、多くは「天才的な」奇抜な発想を持っています。また、ギフティッド自身の魅力を探求する障がいになっているかもしれません。ギフティッドの生徒は一般的なカリキュラムではチャレンジしきれません。

ギフティッドの子供たちは大人びてはいますが、大人ではありません。だからといって、子供時代を奪ってはなりません。ギフティッドチルドレンを早く大人のように扱う必要はありません。子供時代を存分に満喫させてあげましょう。世界に大きく貢献することがあっても、世界を変えることが宿命ではありません。

誰が教えたわけではないが、教わることは既にたくさん知っています。

ここでは、単に「知っている」ということです。

ほとんどの場合、本からの情報であり、経験上知っているというわけではありません。そして、経験もしていないのに、知っているのであれば、なぜ、わざわざ経験しなくてはならないのだろうかと考えるかもしれません。

また、色々な物事が頭の中で完結してしまう子供にとって、実際に経験を通して知識を得るということがどれだけ素晴らしいことなのかを経験を持って教える機会が必要です。

知識のリファレンスを本やネットではなく、本人の経験から話せるようになりましょう。「Don’t tell me how educated you are, tell me how much you have traveled – 学歴より、どんな冒険をしてきたかを教えてくれ」

ギフィティドの子供たちを説明するとき、

「世界のうつりかたが違う」

「脳のワイヤリングが違う」

「顕微鏡のような目と鳥のような目をもつ」

「ウィットに富んだ発言をする子たち」

と説明する人もいます。

ギフティッド教育は英才教育・天才児教育ではありません。ギフティッド教育はエリート教育でもありません。ギフティッド教育は一人とも同じような生徒はいない多種多様な子供たちの秘めた魅力を一緒に探求するための、とっても挑戦的な教育です。

目的は、Awakening Excellence!

まずは、ギフティッドについて知らないと、ギフティッドの子供たちは違うラベルを貼られ、勘違いされ、大人になっていくことでしょう。ギフティッドという教育ラベルはアメリカにおいては義務教育期間の子供たちを対象にされています。

日本では違った子供達をギフティッドと呼んでいないでしょうか。本来のギフティッドたちは、見極められずにいるのではないだろうか。ギフティッドの特徴などを見て、「それってある程度、みんなそうじゃない?」と思う人は、ギフティッドに出会っていないことでしょう。

本当に理解しなくてはならないのは、周りでなく、本人自身です。自分を知り、自分に精通し、自分の魅力を理解しなくてはなりません。しかし、ギフティッドと呼ばれる多くの子供たちはチャレンジされずに、大人になっていきます。

尻尾を出していませんか?

向き合っている情熱にどれくらい没頭してるでしょうか。何時間も時間を忘れて没頭できる。スコップ一つあれば、裏山でプロジェクトが始まります。自分の空想の街を掘っていく子もいれば、本気でHole to China(地面を掘っていけば、中国にたどり着く)と考えて放課後掘ってい好きなものを基礎に快適ゾーンを広げていくことができます。

そして、抜群な記憶力。理由を明確に話せたり、非常に高いレベルで物事の因果関係が理解できたり。科目ごとで学んでいる関連性を話せたり。抽象的思考、または、概念化できる。だから、クラスが一つのテーマで繋がっているIntegrated curriculumなどはギフティッドの子供たちとっては嬉しい。

考え方がとてもオリジナルで、問題解決ができるかどうかは別として、色々な角度から問題解決の糸口となるアイデアを提供することができます。これは、プロジェクトのみならず、友人たちの間でのいざこざも含まれます。

鮮やかなイマジネーションがあるので、読んだ本の映画化には大反対でした。ハリーポッターの本など、あれだけ読み漁っていた生徒たちは、映画は見ていませんでした。自分たちの想像を映画で映像化すると、がっかりするらしいのです。

哲学的なことや社会問題に注目しています。生きることや、死に関して興味を持っていたり。世界で何が起きているのか。地球規模で何が起きているのかに興味があります。 NPRという NHKのようなラジオを朝聞いて学校に登校してきます。今日は、何が世界で起きているのか話し合っています。

答えのない議論をよくしています。「美味しいM&Mのチョコの色は?」とても感情的にも身体的にもセンシティブ。正義感が強かったり、公平性にも高い意識を持っている。大人の矛盾に厳しいです。生徒に「させる」ということは一つもないです。一緒に「取り組む」ということです。「先生だから」「大人だから」という理論は通用しません。子供に求めているものは我々大人も実践していなければなりません。

非常に高い正義感、公平感を持っています。ギフティッドの多くは非常に感情豊かです。自分でもその湧き出る感情に太刀打ちできないこともありますが、世界平和を願う心優しい子が多いです。「なんで、私はこの世界を救うことができないんだろう」と悩んで寝られない子もいます。だから、 Think globaly and act locallyで何がその生徒が住んでいる場所でできることを考えてあげましょう。

完璧主義なところもあります。全部完璧にやりたいというようより、やるかやらないか。できるものは率先してやるが、できなさそうなものはやらない場合があります。それは「できない自分」を受け入れられない子がいるからです。できない事をできないと言えるように。そして、Ask for a help. 

とんでもない内発的なモチベーションがあるから、周りから何を言われても実行する面もある。だから、物を与えて何かをさせるという外発的モチベーションは必要ありません。せっかくの内発的モチベーションが消滅します。

単語量が豊富です。年齢以上に向けた本を読んでいます。そして、大人も使わないような単語を活用する。だから、普通のクラスにいると、「変な言葉ばかり使って変な子」って思われるかもしれません。大人に「それってどう意味なの」って聞かれているかもしれません。

などなどなどなど、ギフティッドの子供たちの特徴ではなく、尻尾を出している姿は多様です。

尻尾を出しているのであれば、「この子は挑まれなくてはならない」と考えてください。

ギフティッドに挑むにあたり、必要不可欠なのは、私たち大人が実践して背中を見せているということ。ギフティッドの成長は、親の成長、周りの大人とともにあるということ。

さあ、挑みましょう。