ギフティッド教育:ギフティッドの子供たちはエクストラに面倒くさい!それは尻尾を出しているかも!

「ギフティッドと見極められる子どもたちと絡むのは面倒臭い!と思うかもしれない。

「ギフティッドと見極められる子どもたちと絡むのは面倒臭い!」と思うかもしれない。

でも、「至福の時でしょう❤️」ギフティッドの子が目の前に立っています。
あなたは質問ぜめに合うかもしれません。

「なんで?」「どうして?」「もし、こうなったらどうなるの?」

仕組みに興味がある子が多いです。

知的好奇心のみならず、素晴らしい記憶力もあるので
つじつまが合わないと、あなたがする事に「なんで?」と疑問に思うかもしれない。

多くは哲学的な質問かもしれない。答えのない質問も多い。

あなたは常にチャレンジされています。

もう一度言います。

あなたは常にチャレンジされています。

知っているか、中ではなく、あなたの生き方。

乳歯が取れた時、枕の下に置いておくと、次の日の朝、歯の妖精は25セントコインに交換してくれています。そんな歯の妖精のお話をご存知ですか。

子供の歯が抜けたので、「歯の妖精がくるから、抜けた歯を枕の下に置いておきましょう」というと、

子供は「なぜ、それをしなくてはならないの?」と嫌な顔をします。

あなたは子供の質問に答えられますか。

あなたはどんな理由を想像していますか。妖精と言っても、どんな妖精を子供は想像しているのでしょうか。

そして、子供はあなたに言います。

「乳歯は自分のもの。全部集めて、ネックレスにして、20才になった自分にプレゼントする。」

独創的な思考に戸惑うかもしれません。

ほらほら!尻尾を出してますよ!

ギフティッド教育:ギフティッドと実行遂行能力

思春期は衝動的、感情的、インテンス、センシティブなど多感期な時期ですが、ギフティッドと見極められる子供たちは、これに拍車をかけ、「超」がいくつもつきます。

「超衝動的、超感情的、超インテンス、超センシティブ」

この時期に膝を突き合わせて、肩を並べて、話せる仲間たちがいるというのは、ギフティッドにとって、何よりも尊いものです。そして、この大変な時期にギフティッドの生徒たちが必要なものがあります。

それは、エグゼクティブファンクションスキルギフティッドと(実行遂行能力)を磨いていくことです。

私が教えていたギフティッドの中学校には、学習面ではあまり挑まれてこなかったギフティッドが入学してきていました。

何せ、小学校時代はほとんど挑まれてこないわけで、そして、勉強したことがない生徒たち、また一夜漬けの生徒たちなんですから、エグゼクティブファンクションスキル(実行遂行能力)なんて備わっていませんでした。

そして、年齢から考えてもまだまだ成長過程中なわけですから。

私たちが心にいつも留めておかなければならないのは、次の2点です。

①「まだ、備わっていない」ということと、

②「エグゼクティブファンクションスキルを育むのには、最高な時期」だということです。

エグゼクティブファンクションスキルってなんぞやというと、簡単にいうと、
私たちが手を差し伸べてしまうところです。

私たちがなかなか待てないところです。

私たちが子供たちの為にと思ってしてしまうところです。私たちが先回りしてしまうところです。

「もっと効率よくできないのかな」

「私だったら、今、もう始めているんだけどな」

「なんでも3日坊主」

「計画だけは立てるんだけどねぇ」

「段取りが悪いなあ」

「一夜漬けだったら、そんな結果だろうな」

と思う事柄です。

この時期、必要なのは、正しいやり方、効率良いやり方ではありません。必要なのは、試行錯誤して、自分なりのやり方です。子供たちが、好きなことに取り組んでいるのであれば、一歩下がって、エグゼクティブファンクションは育まれているか考えてみてください。

多くのギフティッドの子供は高度なことができていても、このエグゼクティブファンクションスキルは備わっていません。

大きな壁になりえるギフティッドの特徴&考え
 – 理解しているのであれば、なぜ実践する必要があるのか。
– 好き嫌いが明確。だから宿題は得意な好きな科目だけ。
– 完璧主義なところがあれば、できないような事には取り組まない。
– チャレンジしていないから、失敗もないという考え。
– 自分への期待が高いから、できないことへ厳しく自分を批判する。

「努力する」ということは自分ができないから。だから、やりたくない。それが意味することは、努力する自分を受け入れたくない。頑張る=自尊心を傷つける行為

今まで比較的なんでも簡単に物事を習得してきた。

時間がかかるものは、「自分が生まれ持ってできないから」という Fixedマインド(固定思考)があるかもしれない。

エグゼクティブファンクションスキル

1. 計画したり、予定を立てる

2. タスクを始め、それに集中し続ける

3. 感情や気持ちを制御する

ようするに 

「目的を達成するまでの計画」 

「段取り」 

「計画から遂行するまでのステップ」

「達成するまで感情に目を向ける」

 「気持ちの切り替え- 気持ちに圧倒されるのではなく、圧倒するエネルギーに変える」

もし、学校で挑まれていないのであれば、心配することは「学校で何を学んでいるか。学んでいないか」ではなく、「何が育まれていないか」です。

しかし、このエグゼクティブファンクションスキルは、学校だけで学ぶものではないので、それが一番の良いニュースでしょう。

習い事、家族行事、生徒には、どんな短期なゴール、長期なゴールはどんなものがありますか。また、それに向かって計画がありますか?それは、可視化できていますか。

本人も周りも、目的が見え、過程が見え、進行状況が見えていますか。
より準備が必要な旅に出ましょう。
より準備が必要な冒険にでましょう。

誰もがわかる可視化したものを作成していますか。ボードなど良いです。家のみんなが見えるところに作ってください。生徒たちは頭の中でわかっているものを、書くこと、作ることで、より理解し、そして、タイムラインもわかると、ステップが明確になります。

ギフティッドの子供たちに挑みましょう!

ギフティッド教育:ギフティッドのアンダーアチーバーってオクシモロンなのか?

ギフティッド教育:ギフティッドのアンダーアチーバーってオクシモロンなのか?

オクシモロンとは、普通は矛盾と思われている言葉をつなげる語法。
例えば、

「明るい暗闇」

「小さな巨人」

「負けるが勝ち」

「本物のイミテーショングッズ」などなど。

だから、ある人は、

もしギフティッドという言葉を聞いて、

「ギフティッドって、天才児で、勉強ができて、飛び級とかして、世界を変える子でしょ」と、とっても勘違いしている人がいるとすると、

アンダーアチーバーの意味を聞いて、 

underachiever 【名】劣等生、成績の良くない人、学業不振児、期待する成果を挙げられない人。

「ギフティッドのアンダーアチーバーって?どういう事?オクシモロン?」と思ってしまうかもしれません。

もし、ギフティッドアンダーアチーバーと聞いて、オクシモロンと思う方は、是非、ギフティッドについて学んでもらいたい。

成績優秀がギフティッドではない。成績優秀じゃなくてもギフティッドです。

それでは、成績が良くない大きな理由は色々ありますが、完璧主義、快適ゾーンの狭さ、自尊心の低さ、自信のなさ、自分に大きな期待は抱いていないという子もいますが、アカデミックスキルが伴っていないということもあります。

アカデミックスキルは成績に直結しています。アカデミックスキルの向上は、スケジュール管理、タイムマネージメント、整理整頓、優先順位をつけるなど、エクゼクティブ・ファンクショニングスキルが大きな鍵となっています。


アカデミックスキルの要素

  1. クラス参加ができる
  2. プロジェクトを計画し遂行できる
  3. 分かり易く説明できる
  4. スマートに勉強できる
  5. 整理整頓ができる
  6. 継続して取り組める
  7. 期限を守れる
  8. 準備ができる
  9. 予習、復習ができる
  10. テストが上手に受けられる
  11. テストへの準備ができる
  12. 時間の管理ができる
  13. 討論できる
  14. プレゼンができる
  15. グループワークができる
  16. スマートなリサーチができる
  17. テクノロジー駆使できる
  18. 質問ができる
  19. 読解ができる
  20. 頑張り中
  21. などなど

ギフティッドの子供たちが学ばなくてはならないもの。

それは、 – Study Smart, not just hard  – 一生懸命だけでなく、賢く勉強する –


カリキュラムの一環として、それぞれの学び方を知り、勉強法を確立させていき、アカディミックスキルを磨いていくクラスが毎日あるのは、多くのギフティッドは勉強したことがないからです。

ロビン:「勉強って何?」
カリン:「勉強したことない。」
キャシー:「勉強しなくてはいけないということは僕はギフティッドじゃないのかな?」
トム:「勉強したのにまったくテストができなかった。」
ナンシー:「勉強したのにテストが終わらなかった。」
リア:「鉛筆が逃げていく。紙がない。鉛筆がない。だから勉強できない。」
マシュー:「問1から問10で、問1しかできなかった。」
ジョージ:「日本語の宿題だけしていたら、他の宿題できなかった。」

「暗記が得意なんです」というのは、「今、テスト勉強に暗記しか使っていません。進学進級したら、暗記だけでは通用しないということ。」

この暗記という勉強法は気持ちが整っている時にのみ通用する勉強法ということ」思春期に入ったらどうでしょうか。ホルモンのバランスが崩れ、感情の起伏がより激しい時、暗記という手段だけで勉強できるでしょうか。

また、中学になると、勉強やプロジェクトが小学生とは異ります。宿題の内容、期日も違います。また、一人でやることよりも、複数でやるプロジェクトがあります。宿題も暗記だけではありませんし、テストも暗記だけで通用するものばかりではありません。
実は「暗記が得意」というのをよく聞きますが、非常に怖い。

勉強法が「暗記のみ」の場合、ほとんどの生徒はアカデミックスキルが伴っていません。

Active Study:見える勉強
まず、アクティブスタディとパシーブスタディという言葉を紹介します。これが勉強をしていく上で鍵になる言葉です。

「アクティブな見える勉強」とは簡単に言うと、勉強した事を他の人に見せる事ができる勉強です。

ある意味、勉強した証拠です。見える勉強は楽しいです。ダンスを作って学んだり、歌にして学んだり、ポッドキャストみたいに録音しながら学んだり、プレゼンテーションを作って学んだりできます。

 お母さんが夕食の支度中、見える勉強として、自分が学んだ事を伝えている事を録音した子もいました。

 一方、ひらがなテストに出題されるひらがなのクッキーを焼いてきた生徒もいます。「先生、ひらがなの勉強でひらがなクッキー焼いてきたよ。いっぱい作ったんだ。これあげる。あ行とか行」クッキーを作りながら、ひらがなの書き順やひらがなを勉強したらしい。その後に、数回ひらがなをノートに書いて勉強したらしい。見える事ができるアクティブスタディ。楽しい。

 そして、テスト前のお菓子という先生達にとってはとても有り難い賄賂の準備もできる。最高の勉強法です。時に生徒は「じゃあ、読書が宿題の時はどうするの?読むだけだから見えないよ。」「声に出して読む事だってできる」それか「Left Hand Page」や「Dialogue」といって、左右にある余白に自分の質問や感想を書き入れていくのも良いです。

 もちろん、読書したかどうかはクラス内のディスカションでわかりますが、宿題をするかしないかではなく、あくまでも「見える勉強」をしているかどうかです。一方、パシーブスタディとは「見えない勉強」です。

よくあるのが、ひらがなの書き取りの宿題で何も見せない生徒がいます。聞いた所、ワークシートに載っているひらがなを見ただけです。でも、勉強したと言いいます。「ノートを見て、テスト勉強した」これは、他人に見せる事ができないので「アクティブな見える勉強」ではありません。なので、宿題をしている=学んでいる事ではありません。

ギフティッドの生徒が学ばなくてはならないのは、 – Study Smart, not just hard  – 一生懸命だけでなく、賢く勉強する – 

ギフティッドのアンダーアチーバーってオクシモロンではなく、多くのギフティッドは自分の学び方を学び、自分だけの勉強法を確立していくメタ認知教育が必要不可欠です。

ギフティッド教育:「Meeting the Social and Emotional Needs of Gifted and Talented Children ギフティッドチルドレンのソーシャル・エモーショナルニーズを満たす」

ギフティッド教育:「Meeting the Social and Emotional Needs of Gifted and Talented Children ギフティッドチルドレンのソーシャル・エモーショナルニーズを満たす」

一度聞いてもよくわからないかもしれません。しかし、これがギフティッド教育の根幹となる感情知性を育む必要性を説明した言葉です。

2014年に第1回ギフティッド教育カンファレンスを開いた時、私はギフティッドの生徒たちについて、そして、ギフティッド教育について本当に知ってもらいたいこと、一番大切なことを伝えてたくて、迷わず、Emotional Intelligence 感情知性と Social-Emotional Skillsをテーマに選びました。

要するに、自分が存在するコミュニティーの文化の下、先輩後輩の関係、一緒に活動している仲間たち、安心できるクラスメートたち、耳が痛いことも言ってくれるメンターなど、みんながそれぞれのベストの望む関係の中で、ギフティッドの子供たち自身が普段の気持ちを共有し、問題があれば解決に取り組み、自分のため、周りのため、自分が存在する家、コミュニティー、世界のために、アドボケイターとなり続けるプロセスのことを指します。

このソーシャルエモーショナルスキルを育むにはカリキュラムの中に組み込まれていなくてはなりません。または、その学校やコミュニティーの文化になっていなくてはなりません。それは、蜘蛛の巣を何枚も重ねたようなサポートシステムでなくてはなりません。

ギフティッドを教える先生たちは、よく、ギフティッドの子供たちを色々な言い方で説明しますが、クラスルームの中で、感じることは、“They get it  –  彼らはわかる“ ということ。抽象的な物事の意図を読み取り、ニュアンスを読み取り、皮肉、ユーモアなど、彼らの多角的な視点で、感受性をもって、表も裏も理解する感じです。
“They get it  –  彼らはわかる”

しかし、彼らも「わからない」「知らない」ということがあります。それは、とっても複雑な彼ら自身のことです。そして、成長とともに大切にしていきたい自分の価値観です。そして、自分自身の価値です。

ギフティッドの子供たちが全ての答えを持ち合わせていない時、これは、ギフティッドたちにとっては恐怖となりえます。

よく、ギフティッドの子供たちは自尊心をみながら、育つことは大変難しいと言われています。それはなぜでしょうか?よく面談をして、保護者に言われることがあります。「うちの子は自尊心がなくて、自信もない、どうやったら育ちますか」と。なぜ、自尊心や自信がないのでしょうか。

まず、私たちがギフティッドの子供たちについて理解しなくてはならないことが幾つかあります。

1. 凄いと言われても自尊心や自信は育むことはできない。周りから見ると、「小さいのに、こんな事ができて凄いね」と、高度なこと、年齢以上のことができたとしても、本人たちからすると、それはそんなに凄いことではないんです。そして、その「凄い」という言葉に多くのギフティッドの子供たちは苦しめられます。全てにおいて凄いと言われなくてはならないのかと。将来は凄い人になって、凄い偉業を達成しなくてはならないのかと。

2. できることをしていても自尊心や自信を育むことができない。「同じ馬の絵を描く子」と説明することがあります。できることだけをしている子。「 Fixed mind – 才能は生まれ持ったものだから、今、現時点で、できないのであれば、これからもできることはない」という思考。だから、もしかしたら、育っているのは、「Unjustified self-esteem 現実が伴っていない自尊心」かもしれません。

3. 自尊心や自信を持つ前に子供たちが育まなければならいことがあります。多くのギフティッドは自分に過度に高い期待を持っています。また、周りからすると、大したことではないと感じるかもしれませんが、失敗した時、自分が何もできなかった時、「許せない」と自分のことを思うかもしれません。そのギフティッドの子供はその自分を尊敬できるのでしょうか。愛することができるのでしょうか。

大切なことは、自尊心や自信の前に、自分を知ること。「そもそも、自尊心や自信を持つ、この自分という人はいったい誰なんだ?」ということ。そして、「自分はこういう人で、こんな素晴らしいところがあって、そして、まだまだ課題のところもあって、それでも私ってイイネ」と自分を受け入れるという心です。自分は成長過程中なんですと、声を大にして言えることです。

以前こんなことがありました。いじめに遭った子が転校してきました。「僕はいじめられていたんだ。そして、その子の靴を学校の外に投げたんだ。それが、とっても暴力的に思えて僕は自分を許せなかったんだ」その思いを受け止めてくれる仲間たちがいました。その気持ちだけではなく、持ち続けていた彼の気持ちを理解する仲間たちがいました。そして、涙ながらに「今の自分になるのを助けてくれてありがとう」と仲間たちに話していました。それが全てでした。自分の事を知り、そして、受け入れた瞬間でした。その後、彼は、勉強面、社交面、感情面で、大きく成長していきました。そして、確固たる自尊心や揺るぎない自信を得ていきました。

「When gifted is not figuring it all out. ギフティッドの子どもたちが全てを悟っていない時?」

自分の好きなとこは?最近成長したところは?自分の人生のミッションは?自分の課題は?自分の快適ゾーンの広さは?自分のことに関してはよく知らない子が多いです。
「自尊心と自信は、自分を探求した後に、そして自分にハイタッチした後にやってくる」

ギフティッドの子供たちは、正義感の強い子が多いです。そして、とてもセンシティブな子が多いですよね。みんなが気がつかないところに気づいてしまう観察力と、見えないものまで見えてしまう洞察力がある。物事、人の非常に細かいところまで気がついています。

世界で起きている事件、災難、悲しい事故を聞いたり、目にしたりすると、ギフティッドの多くは、激怒し、激しく心が傷つき、悲しみ、ショックを受けるでしょう。それは、私たちが想像している以上の衝撃です。また、普段、学校で、不誠実、理不尽、いじめ、それを目の当たりにした時、激怒し、激しく心が傷つき、悲しみ、ショックを受けるでしょう。

そして、色々な感情が湧き上がってくるでしょう。心の中で拳を振り上げるでしょう。その振り上げた拳はどうして良いのかわからない場合もあるでしょう。自分のことのように親身となって立ち向かうでしょう。それは、何日にも渡って胸につかえているものだろし、なぜ、自分はその状況をなんとかよくできないか悩み続けるかもしれません。

何よりも「気持ち」を大切にしているギフティッドはいじめを見たら、許すことができないでしょう。激怒するでしょう。

しかし、普段から「誰からも理解されていない」と感じていれば、その気持ちに対して、行動を起こさないかもしれません。諦めるかもしれない。「言ったところで変わることは何もない」と。「いじめている子に言ったところで、やめないかもしれない」と。

「私は何もできない」と helpless-無力と感じる子も多いです。そして、自分に期待が高いほど、そのhelpless-無力と強く感じるでしょう。

ギフティッドの子は言う子かもしれません。「生徒主導のいじめ撲滅週間を作る、いじめ撲滅運動を学校で取り組みたい」と。しかし、大切なのは、行動の大きさではなく、一緒に考える「Act small – 小さな行動」です。

「今から、明日から何ができるだろう?」一緒に考えてあげてください。「僕はこれを大切にしたい」と自作のポスターをクラスに貼ってもいいと思います。担任に手紙を書くこともできます。いじめている子と話すことでもいいです。いじめに遭っている子と話すことでもいいです。

この時、大切なことは、「変える」ということがゴールではないということ。自分の気持ちを伝えること。自分の立場を明確にすること。これがとても大切です。生徒生活指導もしていたので、こういった生徒とのやりとりは沢山ありました。

「言うことが大切。伝えることが大切。自分が本当に大切だと思う価値が強くなる機会。その価値は絶対に失くしたくないものですよ。」

私たちが理解しなくてならないこと。それは、「正義感が強い」ことと、「自分の立場を主張する」ことと、「勇敢に行動する」ことは同じではないこと。
ギフティッドの生徒は、自分の「ボイス」を持てるように育んでいかなければなりません。
ボイスとは自分の価値観や信条に反映されて出てきた「あなただけ」のもの。経験を通して得た「あなただけ」の意見です。私のボイスが強くなるとき、それは、Authentic(本物)な経験をしている時です。それを自分なりに向き合って、「自分のもの」となった時、ボイスが強くなります。

周りは、”Loud and proud  – 声を大きく誇りを持って”や “your voice matters – あなたの意見は貴重だ” のようなフレーズをかけ、応援することができます。

「ボイスは育んでいくもので、また、君のボイスは大切なんだよ」と教えてあげます。
だから、ギフティッドの子供たちが背負っている悩み、思い、考え、目を見て、お互いに腹を割って話す仲間たちはいるだろうか。

一緒に頭を抱えて考えてくれる人はいるだろうか。

行動にどうやったら移せるか、手とり足とりコーチしてくれる人はいるだろうか。
そして、「気持ちに忠実であれ」と背中を押してくれる人はいるだろうか。
全ては face to face. 自分と相手の息遣いがわかる距離、心臓がバクバク言っているのがお互いに聞こえる距離で話し合うこと。

そういったプロセスの中で、ギフティッドの子が持つボイスは強くなり、勇敢に行動できるようなった時、

彼らは、Helpless(無力感) からHopeful(希望に満ちて)に変わっていくことでしょう。

ギフティッド教育:ギフティッドの子供たちを育てている先生、保護者の方へ

ギフティッドの子供たちを育てている先生、保護者の方へ

今年度はGO BOLD – 大胆に!!!
大きな背中を見せていきましょいう。逞しい背中を見せていきましょう。多くの子供たちはスクリーンを見て育ち、親の背中を見ていないのではないでしょうか。また、ギフティッドの子供たちに見せたい背中というのは、どういった姿でしょうか。是非、考えてみてください。

その背中に書かれていること。「Awakening Excellence – 素晴らしさの覚醒」どういった事なのでしょうか。是非、考えてみてください。

アメリカ人の多くの保護者が自分のギフティッドの子供に望んでいること、

それは、”To reach his/her full potential – 秘めているものを最大限に引き出してもらいたい”です。

– 誰が引き出すのでしょうか?

– 秘めているものはどうやって知るのでしょうか?

– 何が最大限なのでしょうか?

– どうやって引き出すのでしょうか?

– そして、なぜ?

ぜひ、考えてみてください。

そして、これを子供に望むのではなく、私たち自身に望んでいますか?

一般的に議論されている「これからの教育」、または、「これからの子育て」というのは、ギフティッドの子育てにどれくらい当てはまるでしょうか。
だから、これから?私たちが考え、実践しなくてはならないこと。

「これからギフティッドの子供たちをどうやって育てられるか」です。
「これからのギフティッドの子育て」ではなくて?
違います。

「これからギフティッドの子供たちをどうやって育てられるか」です。

ギフティッドの子供たちの才能やタレントにばかり焦点が当たりますが、この教育ラベルの下に隠れている本人はどうでしょうか。その子、本人の魅力です。ギフティッドの子供たちは、その才能やタレントとは別に、とても魅力満載の子供たちです。その魅力が凝縮されているギフティッドの子供たちを育てている保護者のみなさんは、より魅力的な親になります!

今年度は GO BOLD – 大胆に!!!
しかし、大胆に行きたい時、邪魔をしてしまう壁があります。それは、自分の思考、過去の経験、言葉、ラベルで自分を縛ってしまいがちです。子供たちはしっかり見ています!

チャレンジを目の前にしての言い訳集

1.「私はそういったタイプの人間ではないので」
子供が同じように「私はそういったタイプじゃないから」と色々なことにチャレンジしなかったら、意外な自分には出会わないですよね。

2.「昔はそういったことよくやっていたんです」
ギフティッドの子供たちは、今目の前にあるものを見ます。


3.「やってみなくてもわかる」
果たして「わかる」ことが目的なのでしょうか?色々な物事が頭の中で始まり、また完結する多くのギフティッドにとって、「何もせずにわかる」というのは、経験不足の頭でっかちになるだけです。


4.「他でチャレンジしているから、これは特にやらなくても」
子供は、親が人生を楽しんでいる姿、必死になっている姿が見たいんです。彼らにとってそれはフェアなことなんです。


5.「本当に大切なことだと思います。私には必要ありませんが、子供に是非!」
特にソーシャルエモーショナルスキルです。これは、大人になったから、備わっているわけではありませんので、大人の私たちも常に磨いていきたいですね。
ギフティッドの子供たちは声を揃えて言うでしょう。「大人はチャレンジしなくてもいいの?」「それは不公平じゃないの?」「大人は快適ゾーンの外に出なくてもいいの?」「大人はずるいね」

子供たちはしっかり見ています。
Go  Bold 大胆に背中を見せている先生や保護者は
新しい旅の楽しみ方を知った保護者、自分との関わりあう機会や時間を作っている保護者、新しい状況で子供との関わり合い方を持つ保護者、新しいマインドセットで言葉を使う保護者、人生の目指すところ明確になった保護者、教育理念がより確固たるもになった保護者、家族で過ごす時間を増やしている保護者、ボイスが強くなった保護者、フレキシブルで、リラックスできるようになった保護者。とっても魅力満載ですよね。子供たちはしっかり見ています!

ギフティッド教育「Enrichment – より豊かに」!

子供たちの成長を見ていくのはとてもエキサイティングです。その中でもギフティッドの子どもたちは教育者としてはチャレンジしがいがあるグループです。簡単ではないです。でも、教育者冥利に尽きます。それは、教育者としての経験を豊かにしてくれるほど多種多様な、一筋縄では行かない子供たちだからです。

なので、「Enrichment   – より豊かに」!

機会を最大限にチャレンジしていくことで、彼らも機会への捉えたかを学んでいくことでしょう。このグループは常に教育現場で光があたっている子たちではありません。なので、光をあて、なお、彼らが輝いていける道に少しでも目線を向けていけるように一緒に歩むことは、プライスレスです。

ギフティッドの子供たちは、全ての面においてエクストラが必要な子たちです。

エクストラに精神面でのサポート、チャレンジ。エクストラで関わってくれるメンターなどなど、何かとエクストラが必要です。そして、成長過程で、そのエクストラに必要なものがどんどん変わっていきますから、「何が旬か」(この場合は、一番必要としているサポートとチャレンジのこと)です。を見極めていることが必須となります。

そして、最終的には子供たちがどんなYouth時代を過ごすか。思春期、青年期、手を離した先にどんな人たちが周りにいるか。どんな価値を持って生きている人たちがいるか。

その中で、子供たち自身も大切にしていきたい価値を持つようになります。子供時代を満喫できるように。Awakening Excellenceが本人たちができるように。

ギフティッドの子供たちは「At Risk Kids」でもあります。

よくギフティッド&タレンティッドという言葉が使われますが、ギフティドアンダーアチーバーという言葉も知る必要があります。ギフティッドの子供たちは勉強面、社会面、そして、感情面でアンダーアチーブする可能性があり、色々な面で困難があり、その影響は人格形成に影響します。

よく私は「崖っぷちを歩いている子供たち」と説明する時があります。こちらから見ていると上手く道を歩いているように見えて、「一人でも大丈夫」「サポートなしでも大丈夫」と本人たちも思いがちですが、常に向こう側は崖っぷちであり、上手く歩けているようにみえても、何でもないようなものでコケ、一気に総崩れしてしまうリスクを常にはらんでいます。

モチベーションが低い

自己肯定感が低い

学びや学校へのネガティブな態度

リスクを取ることに関して消極的

競争に関して偏った捉え方

持続力がない

ゴールに向けての取り組みをしない

孤立しがち

クラス内ではうるさく、活動を拒否

これらの状態が続いていくと、必要な機会に手をあげられず、必要なサポートも得られず

挑まれないまま進学だけしていきます。また、自分へのイメージ。自分とはどんな人なのかと存在価値を決めていくにも、ネガティブな材料ばかりの経験の上になっていきます。

安心できるコミュニティーで成長する必要性がある

長いお付き合いが必要な子たち。魂と魂のぶつかり合いが必要な子供たち。特に、思春期、青年期、必要な機会とサポートを通して、感情知性を育んでいき、自分の既知と未知を知っていくこと、そこから、自尊心を育んでいくことができ、自分の魅力を探求できる価値観を自分のコアとして身につけていくことが彼らにとって人生の財産になっていきます。

アメリカで働いていた時、“Middle school is a last shot – 中学校が最後のチャンス”とよく先生方と保護者に向けて話していました。私はその後の高校までチャンスは残っていると思っていますが、やはり、中学生あたりの経験はまだまだ魔法が効く時期。彼らが自分の存在価値に目を向け、快適ゾーンの外での自分へのチャレンジへのリスクをまだまだとれる時期です。そして、高校でより大きな機会に手をあげていく上で、クリティカルな時期になります。

どんなチャンスか。それは、成長していく上で、魅力を探求していく上で、人生を旅していく上で必要な価値観、モットー、哲学を「経験を通して学び」、背骨となる感情知性を育んでいくことです。それが、彼ら自身が「自分の背中を自分で押していく」ものとなります。その状態は、Thriving!良い意味で手がつけられない状態になります。

現状、日本では、場合によっては小学校低学年から教育がストップし、そのクリティカルな時期に辿り着かない傾向があると思います。また辿り着いたとしても、騙し騙し進んできた場合では、そのクリティカルな時期に必要な活動ができない状態になっているかもしれません。「教育自体がストップする」「騙し騙しの小中学」という状態になる。そこから、もしかしたら、「ギフティッド」という教育ラベルは、スティグマになるかもしれません。

スティグマは「烙印」「不名誉」など、自分に傷をつけ続けて、背負っていくスティグマになるかもしれません。

ギフティッドと呼ばれていたのに…

ギフティッドと呼ばれていても、他のギフティッドと比べて才能がない。

ギフティッドじゃなければいいのに

ギフティッドと呼ばれても、成績はよくない。

ギフティッドと呼ばれても、成功していない。

まずは、後にも先にもウェルネス。心身ともの健康。

そこにギフティッドの成長していく上で真のニーズがあります。アカデミックや才能だけではありません。彼らは魅力満載の子たちです。旨味が凝縮している子たちです。Awakening Excellenceへ。でも、それは心身ともの健康のもとに達成できるものです。もちろん、これは、生徒だけではなく、家族のウェルネス。

思春期を黄金期へ

魅力!魅力満載。才能というものは、彼らの魅力のほんの一部にしかすぎません。

現社会で、子供たちが表現している魅力に価値がない(日本において評価される才能ではないから)とみたとしても、将来、彼らはその魅力を価値あるものとして、社会で表現し、世界に貢献するものとなります。僕ら大人が魅力を磨いていく。背中を見せる。僕らもまだまだ足を踏み入れていない魅力の領域がたくさんあります。

どんなに灯火が消えたとしてもコミュニティーのエネルギーで再び情熱の火に灯すことができます。どんなに諦めたとしても、コミュニティーのエネルギーで、視線を上げることができます。

ギフティッド教育:同じ馬の絵を描く子たち

同じ馬の絵を描く?

例えば、馬の絵を描かせたら、プロ並の腕前の生徒がいるとします。すると、その生徒の絵の才能は周りから賞賛されます。結果的に、その生徒は賞賛されたい為に、同じ馬の絵を描きます。すると、その生徒は馬の絵以外は描かなくなります。それは恐怖だからです。他の事をしてもし上手くできなかったら、どうしようかと考えてしまします。だから、自分が上手にできる事だけをしてしまうので、「快適ゾーン」が広がっていきません。そういった完璧主義者のギフティッドの子供達もいます。


「鏡でなく、窓を見せる」大人は一歩下がってついていく。

子供達は情熱を持っています。
大人は子供達が情熱を持って何かに取り組んでいる時、何をしたら良いのでしょうか。それは「鏡でなく、窓を見させる」事です。

その情熱を通して、どんどん世界を広げてあげる事です。

しかし、ここで大切なのは決して、その情熱を横取りしてはいけません。

あくまでも子供の情熱であって、みなさんの情熱ではありません」

例えばこういった事はないでしょうか。子供がギターが好きで、弾いています。

よく聞くと意外と上手だったりします。すると、大人は「この子には才能があるのではないか!」と喜びます。すると、大人が率先してギターのレッスンを探してきたりします。ギターの個人レッスンの先生なども手配したりしてしまいます。クラシックのコンサートなども見つけ、連れて行ったりします。すると、残念な事に、大人の方が燃えてしまって、子供の情熱は冷めていきます。

理由はいつのまにか子供の情熱が親が横取りしているからです。
情熱ある子供に対して、与えられるものは一つです。
それは電話帳です。(ちょっと時代錯誤ですが)

自分で電話をかけさせて、どこでレッスンが受けられるかとかを調べさせます。

本当に情熱があればその情熱を止める物は何もありません。ギターレッスンの教室に自ら交渉に行かせます。要するに子供達が情熱を追求して行く上であくまでも彼ら自らが道を開いていけるように協力できるサポーターになれば良いのです。

体に汗をかき、脳に汗をかき、心に汗をかいて快適ゾーンを広げる。
それは英語で”Expand your Comfort Zone”というフレーズです。

直訳すると、「快適なゾーンを広げる」
すなわち、「新しい物事にチャレンジして自分の得意分野を増やせ」という事です。
得意分野を広げる為には新しい事にチャレンジするしかありません。快適なゾーンを広げるためには3つのチャレンジを常にしなくてはなりません。

一つ目は身体的チャレンジです。これは、マラソンしたり、ヨガしたり、空手をしたり、水泳したり、日々、習得を目指して精進します。

二つ目は教育的チャレンジです。
簡単な事ばかりしていないか。得意な科目だけ勉強していないか。勉強ばかりでなく、良いコミュニティーメンバーになれるように自分をチャレンジしているかなどです。
三つ目は感情的チャレンジです。

どのチャレンジも大切ですが、思春期の子供達はクラスで浮きたくないです。友達と衝突したくないです。問題があれば関わりたくないです。その中で、はっきりとクラス内でモヤモヤしている自分の気持ちを共有できたり、友達の目を見てしっかり正直な意見が言えたり、問題に関わって解決していくようにチャレンジします。

それぞれの分野で体に汗をかき、脳に汗をかき、心にあせをかかないとなりません。「快適なゾーンを広げろ!」このフレーズはよく子供達を鼓舞する為に使います。

“Are you still painting the same horse?」「まだ同じ馬の絵を描いているの?」

Education is about helping students to recognize the value of the blank pages in their growth. Guess what, parenting needs blank pages, too!

Education is about helping students to recognize the value of the blank pages in their growth. Guess what, parenting needs blank pages, too!

My son Rintaro is studying for his high school entrance exams, so my wife is working with him on math, which he’s not good at. He has terrible handwriting, so his messy numbers get in the way of getting the right answers. Yesterday, my wife said, “This equation is a story, so to speak, leading up to the answer. So, write that story clearly and beautifully so the reader can understand it. You can’t arrive at the answer without telling your own story.” I think you have heard the different kinds of explanations to teach kids the importance of “showing their work” before the answer. 

The math teacher used to say, “Show me your work,” at the American middle school where I taught. We taught students the importance of not just writing down the answer, but also “showing the process and explaining it logically.” In fact, even in graduation exams, when the teacher asked students to “verbally explain how to solve it” rather than “solve this equation,” students who didn’t do so well in math but who had practiced the steps a lot were better at explaining logically than students who routinely said, “I already know the answer, why do I have to write down the steps?”

I work with parents. Some are tired of searching for the “right answer” in parenting. Others don’t care about “how” to do it. Some parents are cost-conscious and only want to know “what will happen” if they do it. And others worked hard to develop their own steps to their answers. We would probably just write down the “answer” if the answer column on an answer sheet were very small. What if there were 10 blank pages attached before the answer column? We would not just write “answer” in the small square box on the last page, right? We would use those blank sheets to write steps and thoughts that lead to the answer. 

Would you understand the answer if you knew just the answer? Most importantly, would you understand the steps to arrive at the answer just by knowing the answer? Would you really be able to understand the process of getting there? Use blank pages! Don’t copy and paste someone’s steps in those blank pages. It has to be your steps! No matter how many times you ask around and put together someone’s “correct answer,” you won’t arrive at “your answer.” The breadth of parenting lies not in the correct answer column, but in the process column. 

In Japan, I hear, “there’s no right answer when it comes to raising children.” It is one of the comforting phrases for parents who are struggling to raise kids. Some start arguing with their own opinions. “But, you know…” “There’s no right answer when it comes to raising children,” but what ideas follow after that statement? Your “but, you know…”

“But, you know, there is ‘my’ answer. And the ‘process’ of getting there is what’s exciting about parenting!” is my idea. 

Show the process. That might mean you can get partial credit even if the answer is wrong. I want to raise my children in a way that values ​​partial credit. That’s because I want to teach them to value the process and to give fair, proper evaluations along the way. Whatever the outcome, the story is adventurous, and its ups and downs make it remarkable. 

We need to value the way we parent and the process of our growth as parents, and give ourselves fair credit along the way. I think it would be best to say something like, “I’m sure we are doing something together with my kids that has a positive influence on mychild. I’ll give myself partial credit for that!”

There is no right or wrong way to raise children, but partial credit is fun and amazing. Whatever the outcome, the story should be worth reading.

 “There is no perfect day, just the perfect moment. My kids went for the first time to do chores!”

My kids have been practicing getting snacks while we were in the same store. We sit in the cafeteria area, and they go get their own snack. They cannot use the machine yet because of their height, so they have to wait in line. I knew the next step would be sending them from our home rather than the cafeteria.

Yosuke’s snack was snatched by a crow in the park yesterday. Yosuke was so surprised to see it that he talked about his snack for the rest of the day. I told him to buy the same snack the next day.  My daughter was also shocked to see it, so she wanted to go get one with him on their own. Well, she wanted to do First time chores. 

Today was cold and windy. I wish they had chosen the warmer day to do the first-time chores. My wife asked me, “Are you sure?”

I told Chia and Yosuke “Don’t cross the street. Take the over crossing. And remember, don’t run, stay together.” My kids were so ready. They were so sure that they could do it. They are getting warmer clothes. 

I left home a couple mins late and crossed the street to follow them. They were not running on the street, and they were walking together as we promised. 

I took a different route home so that I could pretend I was home this whole time. I wanted to welcome them home. 

They acted as if it were not a big deal when they came home. It was a big deal! We are very proud of you two! 

Taking kids climbing a mountain is the best way to teach them about natural consequences. There are many teachable moments for parents and learning opportunities for kids, as well as an amazing time in nature together. 

My wife told me, “Don’t come back,” just as my son and I were about to leave to climb a mountain. My answer was “I hope not.”

A couple of months ago, we left for a climb in the evening. We were about to challenge one of the most strenuous courses in the Japan Alps, and we prepared for years. The conversation between my son and me got so heated in the car that we decided to head home. Well, I decided to head back. That surprised my wife, who was already asleep. So that is why she was saying “Don’t come back!” to us instead of “Come home safely.”  I am sure that you guys have similar experiences with your kids. 

It takes about 4 hours to get to the trailhead from my house. It is always a good opportunity for my son and me to chat. We are talking about how he feels about his big exam next month, to how we feel about what’s going on in the world. We talked about how lucky we are to have an amazing family. 

It was a perfect day to go mountain climbing. A blue sky and no clouds, and very warm for January. 

Well, guess what? We couldn’t reach the top of Mt. Akadake. We did not leave on time, so we arrived at the base lodge very late. But we had a great walk-and-talk in nature. I think my wife is proud of me. My son and I made a different choice this time.  I knew we would not have enough time (enough to climb safely) to climb Mt. Akadake. But it was enough for us to talk about and face the natural consequences of our actions and the choices we made. 

If we had gone to climb Mt. Akadake from the time we left, it would have been the kind of climbing I don’t like. It means we probably don’t have time to stop and enjoy the scenery or the conversations. We don’t have time to pay attention to the details of what we see and take photos. Just needed to push and rush. In fact, we did not stop to rest first 3 hours to get to the base lodge. It was already 10:00am. We should have been there by 8:00am. In fact, many climbers were coming down to the base lodge from the peak. 

My son and I are starting to have a good conversation, and I wanted to continue that. When my son and I go climbing, that brings out feelings that don’t usually arise in our daily life. It may be an opportunity to make big changes in our daily lives. Put them into action and incorporate the determination into our daily lives. Sometimes, changing your daily life is more difficult than embarking on a big adventure.

On the way home, we did not take a highway. We took the local roads home. Just having more conversations with my son. But my son fell asleep in the passenger seat. 

After he came home from the trip, he unpacked his gear and went to sleep. Now, he is working on something with a cardboard box in his room. I think he is working to build something to help himself finish his middle school year strong.

It was not the climb we expected, but we came home feeling well rested and more respected for each other. 

He used the green backpack for the climb, and I gave it to him when he started climbing a mountain with me. Wow, time flies.