これからのギフティッドの子育て

日本のギフティッド教育に関しては次の10年間は迷走期でしょう。

その迷走期、周りが右往左往したり、立ち止まっている中で、あなたはどういった行動を選択しますか。

ギフティッドにとってこの教育ラベルはずっと必要なものではありません。

雰囲気は霧のようなもの、子育てを見極める時に「最適なもの」が見えなくなる。

雰囲気で子育てをしているのであれば、子供に最適な機会は提供できないでしょう。

「そうやって周りもやっているので」「ギフティッドの子供たちにはそれが良いって聞いたんで」など、目の前にいる子のニーズを見極めるのではなく、周りの雰囲気での子育てをしていないだろうか。

ギフティッドの気質や特徴で似ているところがあったとしても、目の前にいるみなさんの子供は唯一無二であること。

Mutual Respect(相互の尊敬)があって初めて彼らとの教育が始まる。

1人の生徒のAwakening Excellenceに必要不可欠な要素

ここでリストしているものは、オプションではないです。ギフティッドの子育てに必要不可欠なものです。

心身ともに安心できる安全な環境

心身ともの健康をつくるウェルネス

成長過程中という状態の3年間

一番複雑になる思春期に、快適ゾーンの外にでていく機会

友達、親友ではない仲間たち

メンターとの関わり合い

内省的知能を育む取り組み

Authenticなアカデミックチャレンジ

彼らの根幹を築く感情知性教育

彼らの最適な学び方を学メタ認知教育

彼らの信条や信念を育むキャラクター教育

ソーシャルエモーショナルスキルを育む機会

生徒たちの成長を願うのではなく、大人たちが成長を魅せること

まだまだたくさんあります。

それでもあなた一人、家族だけで子育てをしますか?

「人生の素晴らしいことは快適ゾーンの外で起きている」

この概念。みなさんは聞いたことがあるでしょう。モットーにしている人たちもいるでしょう。

でも、それを自分の信条や信念の一部になっている人はどれくらいいるでしょうか。

それは、一緒に苦労や喜びが満載の成長を共にした仲間たち、先輩、後輩がいなくても、

そこで経験した自分のモノにした価値観、信念や信条、ボイスが彼らの背中を押し続けます。

その本人が本人を押し出し続ける価値観を一緒に経験することが全てです。

概念を価値観と作り変え、自分を作るものとする。

頭でっかちの子ではなく、信念や信条、自分にとってかけがえのない価値観を持つ子に育てる。

SELF-ADVOCATEができるように育てる

自分の成長に必要なサポートとチャレンジを声を大にしていえる。

親が一番の頑張りどきでしょう。色々な情報の中、色々なノイズに惑わされることなく、

目の前にいる子のニーズを見極めなくてはなりません。

なので、何かギフティッド教育を提供されるのを「待つ」のであれば、あなたの子育ては後手後手となることでしょう。

また、ギフティッド教育と称し、あなたの子供が受けられたものが、まったく自分の子のニーズを満たすものではなかったら、その後はどうしますか?

既存の物にラベルを張り替えて提供されただけのものかもしれません。

いわゆる一般的な子育てが通用しない。

「え?だってまだ、ウチの子は5歳だから、まだ大丈夫なのでは?」と思うかもしれませんが、

しかし、その5歳児は必要な教育が必要な時期にあるということです。必要とする経験があります。

チャレンジする必要があるから「見極める」

なので、年齢は関係ありません。

当たり前の話ですが、もう一度。

誰でも、どの教育機関でもギフティッドを「対象」にできます。

でも、ギフティッドにとって最適な「教育」ができるわけではありません。

「ギフティッドの子供たちにギフティッド教育が必要」というのは半分当たっていて、半分はずれです。確かにギフティッド教育が必要かもしれませんが、必要なのは、その生徒の成長にとって必要な教育、成長においての安全な環境が必要ということです。アメリカにおいてのギフティッド教育・ギフティッドプログラムもピンキリです。質の良いものもあれば、悪いのもあります。当然のことです。

なので、その「ギフティッド」という教育ラベルに騙されないということ。ラベルにこだわらないこと。こだわるのは、自分の子供にとってベストな成長の環境、成長に必要な機会、それを一緒にしている人たちです。

保護者は、才能や能力でのマウントの取り合い、IQスコアでのマウントの取り合いをしていないでしょうか。また、悩みの共有だけで終わっていないでしょうか。ギフティッドを「理解するだけ」「理解してもらうだけ」で終わっていないでしょうか。理解するのは、あくまでも、彼らをチャレンジするためです。挑戦するためです。もし、「理解してもらいたい」という気持ちがあるのであれば、あなたが求めているものは、もしかしたら、Accomodation特別配慮かもしれません。 

彼らが必要なのは、挑戦、そして、その挑戦をしていくのに必要なCoping Mechanism(対応するメカニズム)でしょう。

そして、あなたにとってWELLNESS(心身ともの健康)は必要不可欠なもの。

どうやって心身ともの健康を作りながら、子育てをしていますか。

ギフティッドの子供たちは、必要な時期に必要なことを経験したら、その教育ラベルは剥がれます。

親はその経験を提供しないのであれば、そもそもこの教育ラベルをつけるべきではありません。

後はどんな道でも歩んでいけばいい。その時には、彼らは自分をの魅力を世界に魅せるためにSelf-Advocateができていることでしょう。たくさんの人たちを関わりあいながら、自分のミッションを達成するために必要な機会やサポートを声に出しているでしょう。

周りのノイズを聞かず 自分のボイス(信条や信念)に耳を傾ける。

ギフティッドの子育てに必要なのは、あなたのボイス(信条や信念)です。

子育てを豊かにする教育のお話:教育の機会を決めるのに、子供本人に任せなかった場合、どうなるでしょうか。

教育の機会を決めるのに、子供本人に任せなかった場合、どうなるでしょうか。
子供たちは意外なことばかりに出会います!

その中には、本人も知らなかった本人自身の以外な魅力も含まれています!

「自分で決めたことは自主的にやるのでは?」という思いがありませんか。

子供たちが自分で決めても、こちらが想像していたような自主的には取り組まない場合があります。

「本人が決めても、思ったより自主的にはやらず、結局はケツを叩く状態なんです」というようなことを聞くことがあります。

そうなると、こちらの最終的なアドバイスは、「自分で決めたことでしょ」くらいになります。

私たち大人も、自分で決めたことで自主的にできないこと、また継続できないことたくさんありますよね。

禁酒、禁煙、禁甘いもの的な。やめなくてもならないもの。

または、逆にやるもの。歩いたり、ジョギングしたり、健康に「最低週に1回は」的なものですよね。

どうやら、決めることと、継続して取り組むことはまったく異なることのようです。

本人に任せる時、子供の心身の状態が良い時でない時があります。

そして、子供の心身の状態が悪い時に「本人に任せる」「本人の人生」だからと、教育の機会の選択を本人に任せるのは果たして、子供たちにとってベストなのでしょうか。

まだまだ必要なサポートやチャレンジが必要な子供たちです。

このまだ、未完全な、何者でもない子供たちに教育の選択を一任しても良いのでしょうか。

家族会議を開き、子供の意見も聞きつつも、最終的な判断は親がした方が良いと思います。でも、それは、いつまで?義務教育期間の間で良いと思います。

大切なのは、「子ども本人が選択する」ことでも、こちらから見て「最善な選択を選ぶ」ことでもありません。

一番大切なのは、「最善な選択ができる心身の状態」に子供たち自身でなれるようにサポートしてあげることです。

それは、きっと感情知性が効いている状態です。エンパワーメントを感じている状態です。

自分にチャンスを与えることができ、まだ、足を踏み入れていない領域に一歩を出せる状態です。

辛いこともきっと糧になることだろうとすでに経験済みであり、そういった機会に手をあげられる状態です。 

Growth Mindset – 成長のマインドセットの状態です。

子供たちが物事を決める時、何を基準にしているでしょうか。

自分の快適ゾーンでしょうか。できることでしょうか。

楽なことでしょうか。想像できる範囲内のことでしょうか。

それでは、子供が感情知性を育んでいる最中はどうしたら良いか。

それは、大きな教育の機会の決断を本人に任せない。

教育の機会を子供本人任せで決めないとどうなるか。

子供たちは意外なことばかりに出会います。

その中には、本人も知らなかった本人自身の以外な魅力も含まれています。

私たちは、みんなWork in Progress – 成長過程中 

Out of the box thinking – 型にはまらない考え方

アメリカ出発まで残り1週間、エリンとたくさんの問題解決をしなくてはなりません。

問題解決が必要な時、

アイデアに関して、やれること、想像できることは箱の中の思考であり、

問題は解決できないかもしれません。

でも、

「それ絶対無理じゃないかな」

「まったく想像できない」

そういった事を思った時がチャンス。

そう思ったら、箱の縁まできています。

でも、そこまでは誰もが立てるエリアです。

「それ絶対無理じゃないかな」

「まったく想像できない」

のままでいたら、きっと箱の中の思考でしょう。

もし、その絶対無理というものに、想像できないものを疑いながらでもいいから

解決方法の一つとしてやってみると、意外に上手くいくかもしれません。

そして、こう感じることでしょう。

「問題が起こってよかった。なぜなら、より良いやり方が見つかった。そもそも、なんで、このやり方で最初からやらなかったんだろう」と。

そして、こう感じることでしょう。

「なんて頭がガチガチになっているんだ」と。

思考のコリがあると、新しい価値や視点なんて得ることはできません。

まずは、冷や汗をかいて、思考のコリをほぐしていく。

夏は汗だけではなく、冷や汗もかいていきましょう。

ギフティッド教育:「ギフティッドのABCDE」

Aspire (大志を抱く)「絶対に….やってみたい」「絶対に…になる」「世界のために……したい」ギフティッドの子供たちの中には大きな志を持っている子がいます。そして、正義感が強い子がいます。


Q. 子供がその気持ちを共有した時、あなたはどう動きますか。


Bold (画期的)「Old vs. Bold」ギフティッド教育を話す時、私はこの2つのキーワードを用います。古い体質の画一的な教育(OLD)を提供するのか、それか画期的な教育(BOLD)を提供するのか。


Q. あなたの子供のベストフィットな教育環境とは?

Celebration (お祝い)
学ぶの大好き!でも勉強大嫌いという子もいます。私:「今年はテストはありません」生徒達:「やった!」私「はい、鉛筆と消しゴム準備だけ机の上」生徒達:「テストないっていったじゃん」
私:「テストじゃないよCelebration of your knowledge(知識のお祝い) 」生徒達:「一緒じゃないかあ!」何でもお祝いにする!


Q. 学んだこと、取り組んだことを実践する機会はありますか?


Dependable (頼りになる。頼る。)ギフティッドの子供たちはクラス内で「先生の助手」の役割をさせられるケースが多いです。頼られる存在になるのは嬉しい事だけど、頼りにする存在は子供の中にどれくらい存在しますか。そして、子供は何か必要な時に、助けを求める事ができますか。

Q. 子供たちが頼り相談できる親以外の人はいますか?


Eye-Opening Experience(驚く体験)目を真ん丸くして口を大きく開けて「ワォ」、知的好奇心をくすぐられる体験をギフティッドの子供たちは欲しています。
さい意外な自分の一面に出会う経験は?


First Penguin Awardという言葉をご存知ですか。餌を求めてペンギン達は海に飛び込みますが、飛び込んだ先には必ずしも餌があるとは限りません。危険が待っている事もあります。ペンギン達は氷の端まで行きますが、その時、必ず最初に飛び込む勇気あるペンギンがいます。そのペンギンのおかげで他のペンギン達も飛び込む事ができます。飛び込み方が下手かもしれません。腹を思いっきり打っているかもしれません。でも、大切なのは「最初にやった」という事です。上手にできたかではなく、大切なのは「最初にやった」という事です。

このFirst Penguin Awardは誰も勇気がないのに、手を挙げて、最初にやった勇気ある人に与えられる賞です。

最近、皆さんは自分にこの「First Penguin Award」を与える出来事はありましたでしょうか。子供たちに話す時、過去の経験から得た教訓を話していますか。それとも、現在進行形で起きている出来事から学んだ事を子供たちに共有していますか。子供も大人も「新しい事」という機会の前では一人の人間です。同等の立場に立ちます。         

子育てを豊かにする教育のお話「話せば良いのか。離せば良いのか。」

先日ギフティッドサポートグループミーティングでギフティッド教育について話をしました。とっても抽象的です。

ギフティッド教育において目指すべき事や、親が目指すべきこと、子供たちが目指すべきこと。それは、小さな子から、大きい子まで、具体的なことは違いますので、ギフティッドの子育てで必要な概念を参加者にお話しました。

なので、きっと、消化不良でしょう。「実際に何ができるのか」でも、手元のノートには、色々な言葉が残ったはずです。じゃあ、具体的にはどうしたら良いのだろうと。具体的にできることを見極めてアクションを取る必要があります。大切なことをベースに具体的なことを考える種が増えました。

一方で午後は、スライドはほとんど紹介せず、参加者たちの知りたいことや悩みなどの話で、できる限りの具体的なアドバイスをしました。「それが聞けたんでよかったです」「これからやれる事がわかりました」と。

でも、ギフティッドに関して、ギフティッド教育についての話は午前中ほどしていないので、抽象的な言葉というのは頭に残らなかったことでしょう。それより、ノートには具体的にできることが書かれていると思います。もしかしたら、気持ちが晴れたのは、午後かもしれませんが、その具体的なアドバイスが必要な課題などは、もちろん、これからも出続けます。

そういった中で、「感情知性はどうやって育むんですか」という質問を受けました。

まずは、「会話」からでしょう。というのが私の返事でした。それは、親は悩んでいるけど、悩みについて、子供とそこまで課題については話していないということがわかったからです。また、子供の気持ちを聞いていないということがわかりました。結局最後は、「本人と話してみます」と。

快適じゃない会話をするということ。

離せば良いのか。話せば良いのか。」

実際に会っている時間のコミュニケーションは上部だけであり、本音がSNS上などのコミュニケーションと感じている子も少なくありません。いくらSNS上でのマナーやエチケットなどを教えても、守らない人は出てきます。いくら教え続けてもSNS上のトラブルは無くなりません。

また、対応として、違うクラスにする。違う担任になる。周りをいくら変えても、課題が本人にあるのであれば、同じような問題というのは生じます。

それより、子供たちには「あるべき姿を経験させる」必要があります。

「それしか選択肢がないと追い込まれた時、それ以外にも選択肢があると経験上知っていること」

お互いの方を向いて座る。

膝と膝を突き合わせる。

自分の正直な気持ちを伝えることに徹する。

相手の正直な気持ちを受け取ることに徹する。

お互いに、お互いの耳に届くように徹する。

例えば、エクスプロラーの生徒たちも何度も経験してきています。冒険中で生じた気持ち、数日たっても引っかかっていること。自分の中で、消化できない気持ちがある時、相手に伝える必要がある時、直接会って、話すことを選択します。

言葉はしどろもどろ。

目もしっかり見れない。

頭は下がりがち。

声も小さい。

伝えたいことの半分しか伝えられなかった。

でも、お互いの言葉の受け取り方の誤解や、そういった意図ではなかった。そういった意味でもなかった。でも、自分はこう受け取った、お互いに気持ちを見せ合うことの大切さを経験し続けています。僕らがいうVulnerbility です。あるがままの状態を隠さず見せる。

なので、彼らは高校に行っても、大学に行っても、就職してからも、どのようなコミュニケーションが「あるべき姿」なのか経験をしながら学んでいて、きっと仲間たちにとってインスピレーションになるでしょうし、そういうコミュニケーションが必要となった仲間たちにモラルサポートができることでしょう。

また、過去に、嫌な事をされ、馬鹿にされたのであれば、自分がされて嫌だったこと、絶対に周りにはしないということ。本当の強さは、そういった人にはなりたくない。だから、自分は人に優しくすることを「言葉」でいうのではなく、実際にしていくことでしょう。

「昔、やられたから、今、自分がやってもいい」というのは弱さです。

また、「今度、こうされたら、先生に直接話す」「今度、こう言われても、気にしないようにする」

それは、強さではなく、「対応」です。その機会が訪れてみて、その対応ができるか否かわかるような「対応」を考えているだけです。

真の強さは、そういった未来の機会で試されるわけではありません。今、現在です。

今、現在の行動が、嫌な思いをさせられた相手のような同じことをしているのか否か。また、違った選択をして、嫌ではない、人が喜んでくれるようなことをしているのか否か。現在の機会で、「真の強さ」を見られています。

ただ、その道を選ばなかった時、自分を誤魔化すことはできません。

「本当であれば、それをすることが一番なんだけど」とわかっているはずです。一番の怖さは誤魔化している自分を持ち続けることでしょう。

でも、その同じような「機会」は訪れても、「同じ機会」は2度訪れません。

だから、”Taking the high road”

正々堂々は決して、怖くないわけではないでしょう。

正しい行動をするのは、怖くないわけではないでしょう。でも、誇りに思えることでしょう。