今瀬家の日常アドベンチャー&バンライフ

FPアウトドアEDUCATION@しまなみ海道の振り返り

キッチンカーを生徒たちと押しながら、しまなみ海道を渡ってきました。

FP WE BUILD 2022

Build..

キッチンカーを作りましたが、作ったのはそれだけではありませんでした。

初めての冒険に出た生徒は、たくさんの自信を育みました。

みんなで力を合わせて成し遂げる機会を作りました。新学期、新学年、自分と向き合う機会を作ってくれました。

たくさんの問題解決の機会を作ってくれました。自分を知る機会、自分と関わる機会はプライスレスです。

肌寒い日も続きましたが、スタートとゴール日は晴天に恵まれ、桜も満開で、とっても思い出深い冒険となりました。

出発して数日後、私はキッチンカーを押す生徒たちを見ながらこんな事を思いました。

「人生において、みんな、キッチンカーと一人きりの状態ってあるんだろうな。実はその状態であるということを知らないのかもしれない。知っていても、どうしたら良いのかわからないのかもしれない。」

一人でキッチンカーを引っ張っぱって、進む方向性は決められるかもしれないけど、大きくは動かすことはできない。一人で押してみても前は見えず、どこに向かうかわからない。タイヤは壊れ、壊れて動かなくなるまで進むことはできるが、それはあまりにも無計画だろう。引っ張っても無理、押しても無理。進めるのは数十メートルだろう。

どうにかしたいのであれば、周りに頼るしかない。

前にすすみたいのであれば、周りにAsk for a helpするしかない。

自分一人だけでは何ともならない。

参加した生徒たちはきっと同じ意見だと思う。

「一人では無理。」

でも、実際はキッチンカーと一人っきりという似たような状態でも「一人で」何とかしようとしているのではないか。

どのような場合でも、周りに一緒に押してくれる人、一緒に引っ張ってくれる人、一緒に旅を楽しんでくれる人がいることを知っていて欲しい。Ask for a help

「一人では無理かもしれないけど、誰かと、仲間たちとならできる」ことを経験することができたことでしょう。

時にはお互いの手をつなぎ、背中を押し、そして、応援し合う。それは、新年度が始まり、生徒たちは各自それぞれチャレンジすることがあるでしょう。また、取り組みがあることでしょう。それらもきっと周りにAsk for a helpしたら、見られる景色が大きく変わることでしょう。

キッチンカーとの旅は色々な喜びを与えてくれました。桜の下や、海辺、トンネルの中、素敵な場所を選んで温かいご飯を食べることができます。そういった中で、ウェルネスを実践してみる。食べるものに意識を向けたり、休息をとることに意識を向けたり、仲間たちと寝食を共にし、素敵な休憩場所を見つけ、食事を分かち合い、野宿をきめる旅は、今までに経験したことがない旅となりました。

想定外だったのが、キッチンカーが初日で故障してしまうということだったと思います。塩ビのフレームや、板など、そういったところで修理が必要なのは事前に予想はしていましたが、キッチンカーの前タイヤ2つが、出発した日の夕方までに壊れ、早くも問題解決の機会がやってきました。お互いへの応援もそうですが、キッチンカーへの応援が大きかったかもしれません。

「しまなみの青いタイヤ」

初日のランチでキッチンカーをオープン!因島大橋を渡る前で、丁度、腹ごしらえが必要でした。周りにはサイクリスト達がいますが、キッチンカーのブルーシートの裏で何が起きているかも想像がつかないことでしょう。

桜を見ながらの焼きうどんは最高でした。そして、準備万端で出発した時、左前輪からガタガタという音が聞こえ、足をひきずるようなガタン、ガタンと前進するたびに嫌な音が聞こえてきました。

キッチンカーの扱い方がよくありませんでした。歩道の段差は乗り越えられないと話しても、手で前側を持ち上げようとせず、勢いをつけて乗り越えようとさせ、1回目の大きなダメージがありました。異変に気がついたのは、2回目です。大きなセカンドインパクトで、完全に左前輪が右前輪に比べて奥に入ってしまいました。このキッチンカーが動かなくなった時点でキッチンカーとはもう旅はできないという瞬間が驚いたことに出発して4時間で来てしまいました。

キッチンカーを倒して状態をチェックします。手では全く曲げ直すこともできず、前と後ろを逆にして進むことができないかなど模索しました。最終的には結束バンドで前進の形で固定しました。

負担を減らすために、キッチンカーに載せている荷物を僕らのバックパックに移し、それは生徒たちにとって大きな負荷となりました。そして、因島大橋を渡り終え、今晩の野宿スポットに向かっている時、今度は右のタイヤからノイズが発生し、ベアリングが内部で破損していることがわかりました。不安な気持ちで、進んでいると、ラッキーなことにホームセンターが見えてきました。生徒たちは、完全に壊れる前に問題解決をするということでした。

今回、シンデレラフィットという言葉を使い、キッチンカーを制作してきましたが、この青いタイヤこそがシンデレラフィットとなりました。結束バンドでフレームに縛り付けただけで、前輪との高さが同じとなりました。キッチンカーは息を吹き返しました。具合の悪い前輪を大きくサポートしてくれる存在となりました。僕らの旅は、この青いタイヤにかかっていました。

「しまなみの青いタイヤはどんなシンボルになりましたか。その理由は」

「青いタイヤは復活と改善のシンボルになった。何故ならキッチンカーの前輪が壊れた時に青いタイヤで復活し、さらに小回りがきくようになったから。壊れても復活して、間違っていたところを改善することを意味するシンボルになった。」

「青いタイヤは自分にとって支えのシンボルである。もし、僕が青いタイヤの旗が見たとしたら僕はこう思うだろう。「あんなにキッチンカーの車輪がボロボロだったのに、青いタイヤを付けたら、キッチンカーとゴールできた。同じようにどんなに辛くてボロボロであろうと、青いタイヤを自分に付けたら、最後までゴールできる」と。」

「青いタイヤは、自分にとって再生のシンボルだ。あのキッチンカーは一度壊れたが、青いタイヤを付けてからは、再び安定して動かすことができた。逆に言えば、あの青いタイヤを付けていなかったら、ゴール出来なかったかもしれない。」

「僕にとって青いタイヤは、壊れた時こそ頑張る、というシンボルになった。理由はどんな物も壊れる時は壊れるから。 」

「僕にとって青いタイヤは運が奇跡を起こすシンボルだ。何故ならキッチンカーが壊れたとき、自分が良いのかどうかわからないけど成功したから。」

「自分にとっての青いタイヤは復活のシンボルです。なぜかというとみんなの心が折れたときに青いタイヤがみんなの心を復活したからです。」

Whatever it takes. 何がなんでも。そんな力強さを持ってこれから進んでいけることでしょう。

たくさんの人に頼り、たくさんの人に頼られる人になってもらいたい。

冒険は続く。

ギフティッド教育:同じ馬の絵を描く子たち

同じ馬の絵を描く?

例えば、馬の絵を描かせたら、プロ並の腕前の生徒がいるとします。すると、その生徒の絵の才能は周りから賞賛されます。結果的に、その生徒は賞賛されたい為に、同じ馬の絵を描きます。すると、その生徒は馬の絵以外は描かなくなります。それは恐怖だからです。他の事をしてもし上手くできなかったら、どうしようかと考えてしまします。だから、自分が上手にできる事だけをしてしまうので、「快適ゾーン」が広がっていきません。そういった完璧主義者のギフティッドの子供達もいます。


「鏡でなく、窓を見せる」大人は一歩下がってついていく。

子供達は情熱を持っています。
大人は子供達が情熱を持って何かに取り組んでいる時、何をしたら良いのでしょうか。それは「鏡でなく、窓を見させる」事です。

その情熱を通して、どんどん世界を広げてあげる事です。

しかし、ここで大切なのは決して、その情熱を横取りしてはいけません。

あくまでも子供の情熱であって、みなさんの情熱ではありません」

例えばこういった事はないでしょうか。子供がギターが好きで、弾いています。

よく聞くと意外と上手だったりします。すると、大人は「この子には才能があるのではないか!」と喜びます。すると、大人が率先してギターのレッスンを探してきたりします。ギターの個人レッスンの先生なども手配したりしてしまいます。クラシックのコンサートなども見つけ、連れて行ったりします。すると、残念な事に、大人の方が燃えてしまって、子供の情熱は冷めていきます。

理由はいつのまにか子供の情熱が親が横取りしているからです。
情熱ある子供に対して、与えられるものは一つです。
それは電話帳です。(ちょっと時代錯誤ですが)

自分で電話をかけさせて、どこでレッスンが受けられるかとかを調べさせます。

本当に情熱があればその情熱を止める物は何もありません。ギターレッスンの教室に自ら交渉に行かせます。要するに子供達が情熱を追求して行く上であくまでも彼ら自らが道を開いていけるように協力できるサポーターになれば良いのです。

体に汗をかき、脳に汗をかき、心に汗をかいて快適ゾーンを広げる。
それは英語で”Expand your Comfort Zone”というフレーズです。

直訳すると、「快適なゾーンを広げる」
すなわち、「新しい物事にチャレンジして自分の得意分野を増やせ」という事です。
得意分野を広げる為には新しい事にチャレンジするしかありません。快適なゾーンを広げるためには3つのチャレンジを常にしなくてはなりません。

一つ目は身体的チャレンジです。これは、マラソンしたり、ヨガしたり、空手をしたり、水泳したり、日々、習得を目指して精進します。

二つ目は教育的チャレンジです。
簡単な事ばかりしていないか。得意な科目だけ勉強していないか。勉強ばかりでなく、良いコミュニティーメンバーになれるように自分をチャレンジしているかなどです。
三つ目は感情的チャレンジです。

どのチャレンジも大切ですが、思春期の子供達はクラスで浮きたくないです。友達と衝突したくないです。問題があれば関わりたくないです。その中で、はっきりとクラス内でモヤモヤしている自分の気持ちを共有できたり、友達の目を見てしっかり正直な意見が言えたり、問題に関わって解決していくようにチャレンジします。

それぞれの分野で体に汗をかき、脳に汗をかき、心にあせをかかないとなりません。「快適なゾーンを広げろ!」このフレーズはよく子供達を鼓舞する為に使います。

“Are you still painting the same horse?」「まだ同じ馬の絵を描いているの?」

ギフティッド教育:NOT YETというとっても大切な概念

新年、新学期、新しい生活のリズム、慣れるものもあれば、取り組まなくてはならないこともあります。

子どもたちが取り組む時、私は一つだけ質問します。

それは、「みなさんは準備はできていますか」ということです。

取り組むことにコミットするのは、子どもたちだけではなく、私たちもです。

実際は、私たちのコミットメントの方が大変なのかもしれません。

そもそも、取り組まないとならない物事は、生徒たちにとっては、”NOT YET まだ…できていない”のものばかり。

でも、このNOT YETという概念はとっても大切な概念です。

「今はできていないけど、取り組めばできるようになる」ということです。

この概念は経験によって、大切な価値に変わっていきます。

でも、生徒たちが取り組んでいる時、やっぱり目につきます。

「おろそかにしている」

「だらけている」

「コミットメントが足りない」

「「やる」って言った言葉はどこいった?」と感じるかもしれません。

生徒たちは「やる」と決めても、「実行していくスキル」が伴っているわけではありません。

必ずしも、「取り組む=できていく」わけではありません。

できる日もあれば、できない日もあります。

今日できたからといって、明日も必ずできているわけではありません。

僕らの目線を「できている」「できていない」ところに向けず、「取り組んでいるか」「取り組んでいないか」に目を向け、できる限り「取り組んでいる姿にイイネ」の応援を送りましょう。それは、生徒たちにもその「プロセス重視」を大切だということを教えてあげましょう。

子どもたちが取り組むことに、あえて親は何をするか。あえて何をしないか。明確にしておくこと。何を言うか、何を言わないか。明確にしておくこと。

目につくと、指摘しがちです。そして、その指摘は口論に発展することもあります。

どんなに口論が激しくなったとしても、

「キラーステートメント」は絶対に言わないというコミットメント

「キラーステートメント」とは、

相手を傷つける言葉、取り返しのつかない言葉、後で後悔する言葉です。

例えば、学習面に取り組むとしたら、

「だから、勉強しておけばよかったでしょ」

「だから、小学校に行けばよかったでしょ」

「どうせ続かないでしょ」

「どうせやらないでしょ」

「バカなんだから」

「もっとできる子だと思った」

キラーステートメントはたくさんあります。

以上のようなキラーステートメントは生徒たちにとっては傷つくだけではなく、お父さんもお母さんもそう思っているんだと感じてしまいます。

もしかしたら、本人自身も思っていることに対して、やっぱりそうなんだと確実なものとしてしまいます。

そして、キラーステートメントは、生徒たちが「できない理由」「やらない理由」としてしまいます。

なので、

キラーステートメント」は絶対に言わないというコミットメント。

しない変わりにすること。

それは、

E-ステートメントのEはEncouragementのEです。

応援の言葉を言うコミットメント

「頑張ってるね」

「やってるね」

「取り組んでるね」

そして、「褒めて育てる」のではなく、子どもが自身に「イイネ!」を出す。

その言葉を親はエコーして増幅してあげましょう。

「頑張っているね」は、「頑張って」という一度の応援だけではなく、

「頑張りを見ている」ということを伝える言葉です。

E-ステートメントは言われれている側だけではなく、言っている側も気持ちが良いものです。

結果ではなく、取り組んでいることに「イイネ」

タイムラインは?まず2週間です。

E-ステートメントにコミットメント。

素敵な言葉で溢れる2週間にしてください。

そしてGWは振り返りとお祝い!

できているか、できていないかに目がいくと、私たちは、

「何度言ってもできないんです」

「何度言ってもわからないんです」

子どもたちは Executive Functioning Skills がそもそも備わっていません。

これは、実行機能スキルといって、タイムマネージメントだったり、段取りだったり、

準備だったり、整理整頓だったり、いわゆる、生徒スキルに直結しているもの、

または学習に直結しているものです。

このスキルを学ぶには、中学で2年も3年もかかります。

でも、目的は実行機能スキルを上達させるのがゴールではなく、「Study Smart, not just hard – 一生懸命だけではなく、賢く学ぶ」ことを実践していくことです。

よく、小学校の時に成績がよくても、中学に進学してから、成績が下がったというケースがあります。それは、勉強が難しくなったのではなく、実行機能スキルがなく、生徒スキルがないからです。

クラスにいるだけで良い成績がとれる。特に勉強しなくても良い成績がとれる、または、宿題なども次の日などの提出などの小学校生活だと、そもそも実行機能スキルが必要とされていないのです。

しかし、中学になると、教科によって先生に教え方が変わり、宿題も翌日ではなく、数日先、数週間先のもの、そして、平行して部活などがあり、中間テスト、期末テストなど、出題範囲が広く、また、前日勉強すればどうにかなるものではありません。

実行機能スキルと生徒スキルを向上すれば、学習面も生活面も向上していきます。

できるかできないかといったら、はるかに何十年も生きている僕らの方ができることでしょう。

でも、日々、成長しているか否かといったら、もしかしたら、生徒たちの方が成長しているかもしれません。

子どもたちが取り組む時、私たちも、取り組む準備とコミットメントが必要です。

「みなさんは準備はできていますか」

ギフティッド教育「Enrichment – より豊かに」!

子供たちの成長を見ていくのはとてもエキサイティングです。その中でもギフティッドの子どもたちは教育者としてはチャレンジしがいがあるグループです。簡単ではないです。でも、教育者冥利に尽きます。それは、教育者としての経験を豊かにしてくれるほど多種多様な、一筋縄では行かない子供たちだからです。

なので、「Enrichment   – より豊かに」!

機会を最大限にチャレンジしていくことで、彼らも機会への捉えたかを学んでいくことでしょう。このグループは常に教育現場で光があたっている子たちではありません。なので、光をあて、なお、彼らが輝いていける道に少しでも目線を向けていけるように一緒に歩むことは、プライスレスです。

ギフティッドの子供たちは、全ての面においてエクストラが必要な子たちです。

エクストラに精神面でのサポート、チャレンジ。エクストラで関わってくれるメンターなどなど、何かとエクストラが必要です。そして、成長過程で、そのエクストラに必要なものがどんどん変わっていきますから、「何が旬か」(この場合は、一番必要としているサポートとチャレンジのこと)です。を見極めていることが必須となります。

そして、最終的には子供たちがどんなYouth時代を過ごすか。思春期、青年期、手を離した先にどんな人たちが周りにいるか。どんな価値を持って生きている人たちがいるか。

その中で、子供たち自身も大切にしていきたい価値を持つようになります。子供時代を満喫できるように。Awakening Excellenceが本人たちができるように。

ギフティッドの子供たちは「At Risk Kids」でもあります。

よくギフティッド&タレンティッドという言葉が使われますが、ギフティドアンダーアチーバーという言葉も知る必要があります。ギフティッドの子供たちは勉強面、社会面、そして、感情面でアンダーアチーブする可能性があり、色々な面で困難があり、その影響は人格形成に影響します。

よく私は「崖っぷちを歩いている子供たち」と説明する時があります。こちらから見ていると上手く道を歩いているように見えて、「一人でも大丈夫」「サポートなしでも大丈夫」と本人たちも思いがちですが、常に向こう側は崖っぷちであり、上手く歩けているようにみえても、何でもないようなものでコケ、一気に総崩れしてしまうリスクを常にはらんでいます。

モチベーションが低い

自己肯定感が低い

学びや学校へのネガティブな態度

リスクを取ることに関して消極的

競争に関して偏った捉え方

持続力がない

ゴールに向けての取り組みをしない

孤立しがち

クラス内ではうるさく、活動を拒否

これらの状態が続いていくと、必要な機会に手をあげられず、必要なサポートも得られず

挑まれないまま進学だけしていきます。また、自分へのイメージ。自分とはどんな人なのかと存在価値を決めていくにも、ネガティブな材料ばかりの経験の上になっていきます。

安心できるコミュニティーで成長する必要性がある

長いお付き合いが必要な子たち。魂と魂のぶつかり合いが必要な子供たち。特に、思春期、青年期、必要な機会とサポートを通して、感情知性を育んでいき、自分の既知と未知を知っていくこと、そこから、自尊心を育んでいくことができ、自分の魅力を探求できる価値観を自分のコアとして身につけていくことが彼らにとって人生の財産になっていきます。

アメリカで働いていた時、“Middle school is a last shot – 中学校が最後のチャンス”とよく先生方と保護者に向けて話していました。私はその後の高校までチャンスは残っていると思っていますが、やはり、中学生あたりの経験はまだまだ魔法が効く時期。彼らが自分の存在価値に目を向け、快適ゾーンの外での自分へのチャレンジへのリスクをまだまだとれる時期です。そして、高校でより大きな機会に手をあげていく上で、クリティカルな時期になります。

どんなチャンスか。それは、成長していく上で、魅力を探求していく上で、人生を旅していく上で必要な価値観、モットー、哲学を「経験を通して学び」、背骨となる感情知性を育んでいくことです。それが、彼ら自身が「自分の背中を自分で押していく」ものとなります。その状態は、Thriving!良い意味で手がつけられない状態になります。

現状、日本では、場合によっては小学校低学年から教育がストップし、そのクリティカルな時期に辿り着かない傾向があると思います。また辿り着いたとしても、騙し騙し進んできた場合では、そのクリティカルな時期に必要な活動ができない状態になっているかもしれません。「教育自体がストップする」「騙し騙しの小中学」という状態になる。そこから、もしかしたら、「ギフティッド」という教育ラベルは、スティグマになるかもしれません。

スティグマは「烙印」「不名誉」など、自分に傷をつけ続けて、背負っていくスティグマになるかもしれません。

ギフティッドと呼ばれていたのに…

ギフティッドと呼ばれていても、他のギフティッドと比べて才能がない。

ギフティッドじゃなければいいのに

ギフティッドと呼ばれても、成績はよくない。

ギフティッドと呼ばれても、成功していない。

まずは、後にも先にもウェルネス。心身ともの健康。

そこにギフティッドの成長していく上で真のニーズがあります。アカデミックや才能だけではありません。彼らは魅力満載の子たちです。旨味が凝縮している子たちです。Awakening Excellenceへ。でも、それは心身ともの健康のもとに達成できるものです。もちろん、これは、生徒だけではなく、家族のウェルネス。

思春期を黄金期へ

魅力!魅力満載。才能というものは、彼らの魅力のほんの一部にしかすぎません。

現社会で、子供たちが表現している魅力に価値がない(日本において評価される才能ではないから)とみたとしても、将来、彼らはその魅力を価値あるものとして、社会で表現し、世界に貢献するものとなります。僕ら大人が魅力を磨いていく。背中を見せる。僕らもまだまだ足を踏み入れていない魅力の領域がたくさんあります。

どんなに灯火が消えたとしてもコミュニティーのエネルギーで再び情熱の火に灯すことができます。どんなに諦めたとしても、コミュニティーのエネルギーで、視線を上げることができます。

子育てを豊かにする教育のお話:「あなたはどんな人になりたい?」

「あなたはどんな人になりたい?」職業ではなく、どんな人になりたいか。

時に、私たち大人は子供たちに「あなたの人生なんだから」と言います。しかし、子供が「自分の人生なんだから、ほっといて」という年齢になった時、子供たちはどんな成長の機会を通して、大切にしていく価値観を心に深く刻んでいるのでしょうか。知識でなく、価値。

多くの失敗と成長を伴う成長体験から、そして、多くの出会った人たちから学んだ価値観はプライスレスです。それはその子自身を作っているもので、絶対に無くしたくないものです。

そして、どんな選択肢が目の前にあるかではなく、感情知性を効かせ、どんな最適な選択ができる人に育っているか。これが一番大切なのではないでしょうか。
子供たちは、私たち大人からのメッセージは足りていますが、仲間同士からのメッセージ、そして、実践する機会は足りていません。自分以外のことを学ぶ機会は足りていますが、でも、自分のことを学ぶ機会は足りていません。そして、その機会を目の前にしても、子供たち自らそれを成長の機会として関われないかもしれません。


ライフスキルにばかり焦点をあてていないだろうか。

子供たちは「できる、できない」ばかりに囚われていないだろうか。そして、年齢以上のことを求められ、できる事、できない事に悲観していないだろうか。子供たちは一年一年に細かく成長を区切られ、求められる事が多いのではないだろうか。例えば、6年生に求められるものは、5年生よりはるかに大きい。その点、大人は大きな目で見られている。20代、30代、40代、など。

日本の学校では、圧倒的な時間を使い、自分以外のことを学んでいる。そして、自分のことを良く知らない子が多いです。そして、大人になった時、「自分探しの旅」が始まります。大人になってから、「自分探しの旅」が始まることが決してダメという事ではありません。大切なのは、その旅に出ていく時に持っていく価値感です。ライフレッスンで学んだ価値です。

ライフスキルより、ライフレッスンはいつ学ぶのだろうか。例えば、子供たちはモットーを持って何かに取り組んでいるだろうか、キャンプの途中、キャンプ後に行くロードトリップの話しをしたら、「今、存在する」と一喝されてしまった。

今、目の前にある機会は瞬く間にすぎていく。目の前にある物事、人にコミットしなければならない。「Being Present」存在する。どちらも、生徒たちが自分たちで決めたモットーです。

僕らは目の前にいる生徒を見ていても、遠くを見ている。最低でも半年後のチャレンジを考えている。実は簡単なようで、実はそう簡単ではない。それは、子供たちとの距離感が影響するから。距離感が近いと、その子の長い目で見た成長というのを、親の希望や期待として話せますが、実際に、半年後のチャレンジとなると、それはどんな姿なのでしょうか。

そして、その快適ゾーンは親が持つ快適ゾーンに影響される。子供が快適ゾーンの外に出ようとすると、大きくブレーキをかける。「まだ、いいんじゃないの?」「来年はどう?」「まだ、五年生だから」親も快適ゾーンを広げていかなければならない。

準備ができてからのチャレンジは、既にその子にとってチャレンジではない。
親や先生としては「予想通りの成長」より「予想外の成長」の方が嬉しくはないでしょうか。
そっちの方が絶対ワクワクしますよね。

子育てを豊かにする教育のお話:親がいないところ快適ゾーンの外かもしれない

親がいないところ快適ゾーンの外かもしれない
思い通りにいかない機会快適ゾーンの外かもしれない
想定外の状況への心身ともの対応。快適ゾーンの外かもしれない
快適ゾーンの中は、甘えを出せる領域。頑張らなくてもできてしまう物事に溢れている。よく知っている人たちに囲まれている。チャレンジしなくても良い雰囲気。すなわち、既知の自分。知っている自分がいる場所。新しい発見や意外なことはあまり見つからない領域。

特に、「まだ、何者でもない子が、すでにsomeone special (自分は特別)と思っている子」は、快適ゾーンの外に出る壁は高いです。また、「自分と他者に期待が高い子」も壁が高いです。「失敗するのが怖い子」も壁が高いです。

どんどん壁は高くなっていきます。倒せれば自分の人生のミッションへの架け橋になりますが、ほとんどの場合は、「ちょっとした気持ち」に圧倒されて、快適ゾーンの中にいる選択をします。

一方で快適ゾーンの外は、意味がわからない。勝手がわからない。自分の役割がわからない。できないことばかり。知らない人ばかり。普段生じない気持ちや気分になる。ワクワクだけではなく、不安も入り混じる。必死。冷や汗をかく。未知の自分。新しい発見や、違う視点、意外な自分の1面に出会える領域。

「意識」が変わったら、子供たちの行動って変わるのではないかなと考えがちです。だから、「よく理解させる」ことが、「大きく意識が変わる」と思いがちです。頭ではわかっているけど、気持ちが行動にうつさない。
でも、「意識」だけではなく、「気質」が大きく行動の選択を左右しているとしたら?
その子が持つ気質などは、親や先生が知っていても、子供は知らない場合の方が多いです。こちらかみると、「明らかでしょ!」って思うかもしれませんが、子供たちは、自分の「気質」を知らないことの方が多いです。
のんびりや、せっかち、頑固、楽観的などなどに加えて、一番主義、固定マインドセット、自他への期待が高い、間違えたくないなどなど。
良くも悪くも、自分の「気質が起因している」出来事は、どの環境においても、どのグループにおいても、どの機会においても、同じ出来事に遭遇するかもしれません。その場合は、この場所でもそうか。このグループでもそうか。この機会でもそうかと思いがちです。しかし、自分の気質が起因していると感じる子はどれくらいいるでしょうか。そして、気質は子供自身が大きく機会を生む場合もあれば、機会を失う場合もあります。

折り合いをつけるためには、折り合いをつける相手(自分)を知ること。折り合いをつける自分って誰だろう。折り合いをつける自分のこと、どれくらいよく知っているのだろうか。

自分が一番自分の理解者か?自分が一番適切なアドバイスをしてくれるか?自分が一番自分と上手に付き合えているか?
子供たちの特権。本人は冷めていても、本人以上に、人としての成長に熱くなってくれる仲間達、先輩後輩、先生、友達のお父さんお母さん、関わってくれる大人たちがいる。心配してくれたり、指導してれたり、叱ってくれたり、ガイドしてくれたり、アドバイスしてくれたり、一緒に冷や汗をかいてくれたり。

感情知性は大人になってから、一緒に取り組んでくれる仲間や大人はグっと減りますので、子供たちの特権ですよね。親から手が離れた時、どんな人たちが子供たちの周りにいるでしょうか。どんな人が関わってくれるでしょうか。そして、window of opportunity がどんどん閉まっているとしたら?
この夏、家族以外と長い期間活動しますか。その活動中、知らない人との出会いはありますか。その活動中、知らないアイデアを試すことができますか。その活動中、普段にはない役割を持つことができますか。

快適ゾーンの外にでて、感情知性を育む。
「感情知性を効かせる」という言い方があります。
効かせるという場合は、気持ちにスマートにならざるおえない状況かもしれません。そして、その自分の気持ちに適切に対応でき、適切な選択をしている時、「感情知性を効かせる」という言い方。感情知性を効かせなくてはならない、心がエクセサイズできる機会をこの夏にチャレンジしてください。

子育てを豊かにする教育のお話:希望的観測ではなく、「成長過程中」!

取り組めば、努力すれば、現状は変わっていきます。未来も大きく変わっていきます。

しかし、希望的観測であれば、「そうなってほしい」と願うだけですので、

現状は変わりませんし、未来も望んだものにはならないかもしれません。

「時間がたてば、できるようになっていくだろう。」

「時間がたてば、大丈夫になるだろう」

というような「希望的観測」は持っていると、色々な成長の機会、出会いを失ってしまうことでしょう。

その希望的観測の反対にあるのが、「成長過程中」です。

「絶賛成長過程中!」と言えるくらいが良いでしょう。

「希望的観測」の中に、努力や取り組みはありませんが、「成長過程中」には、取り組みやチャレンジが満載です。取り組みがあるということは、お祝いもできます。これは、子供たち自身が自信や自己肯定感、自尊心を育む上で最も大切なプロセスです。

子どもたちは魅力が満載です。

その魅力を引き出していく機会と関わり合いが必要です。

周りと比べる必要はありません。

才能より、魅力。

そして、「成長には時間がかかる」というのを僕らが知る必要があります。

それを僕ら大人が再度経験していかなければなりません。成長とはどういったものなのか「学び直し」が必要です。

僕らもまだまだ魅力引き出し終わっておりません!

子供だけに大きな成長を願わず、僕ら大人も自身に高い期待を持って、成長を魅せていきましょう。

認めてもらえる人を探すのではなく、

自身が認められるように、チャレンジしてくれる人に出会いましょう。

経験から得る価値観はプライスレスです。

子どもの手元に価値あるものを残さず、子供自身が「自分は価値ある人」だと感じる心を残していきましょう。

今回のエクスプロラーの冒険は厳冬期に関わらず暖かかった!

今年最初のエクスプロラー組みの冒険は厳冬期に関わらず暖かかった!

高校生と中学生と小学生が混ざっているグループです。

今年から、寝るテントを一つにしました!

そして、冬ということもあり、暖まりやすいドックドームに変更しました。

銀マットの上にホットカーペット。そして、石油ストーブ。

昨年は-15度近い中での1月のエクスプロラーのキャンプだったので、こんなに暖かいキャンプになるとは思いませんでした。

一つのテントで寝るので、本当に寝るまで関わり合い。おしゃべりの時間が増えました。

内省的知能を育んでいくためには、目を自分に向けなければなりません。普段、自分以外のことに目を向けていると、自分に目を向けることはとってもチャレンジなことです。

魅力スティック

コーヒー、抹茶ラテ、生姜レモン、ラテ、色々なフレイバーのティバックなどなど、飲み物バッグに入っています。

「このスティック飲料は魅力。このジップロックバッグはエクスプロラーのチーム。チームにどんな魅力の自分で貢献できる?」

「自分の魅力は何?」

「自分が自分に惚れ惚れするところ」

みんな、答えはすぐには出てきません。

「思いつかない」

「………..」

私は、

「スポンテニアスなところ」

「気が長いところ」

「クリエイティブなところ」

とジップロックバックに入れていきます。

そして、テーブルの上にはたくさんの飲み物スティックがあります。

知っている自分の魅力もあり、そして、まだまだ潜在している自分があっと驚く魅力もあります。自身があっと驚く魅力は日常のルーティンの中では出会うことはあまりないでしょう。

魅力は「本当にそれはあなたの魅力なのか」試される瞬間がたくさんあります。本当の自分が明らかになる瞬間です。

「自分の魅力」として言っているものが、単なるキャッチフレーズの中身のないものになってしまうか。自分を築いている自分のものに継続してなっているものなのか。

私たちは勉強と学習時間を使い、たくさんの物事に関して知っています。経験からもたくさんの知識を得ていますね。でも、その膨大な量の「自分以外の知識」と比べ、「自分に関して」どれくらい知っているかというと、非常に少ないことでしょう。

しかし、

その一つ、二つの魅力を誇りを持って、胸を張って言えるようになるのに、

どれくらいの、チャレンジ、挑戦を要しているでしょうか。

どれくらいの、サポート、関わり合いを要しているでしょうか。

どれくらいの、お祝いを要しているでしょうか。

生徒たちは、

徐々に、ジップロックバックに自分の魅力スティックを入れ始めました。その顔は少し恥ずかしがりながらも、自信にも満ち溢れています。

そして、何でそれが自分の魅力なのかも、しっかりと説明をしています。ジップロックバッグの中は飲料スティックで大きくなっていきます。

テーブルの上に飲み物スティックがたくさんあるように、子供たちには潜在している「魅力」と言える自分がたくさんあります。その魅力こそ、この世界を素敵な世界にしていくことでしょう。

その後、生徒たちが何かを飲みたい時、

「魅力バッグとって!」「魅力を飲む」と面白おかしく、言い始めました。

冒険は続きます。

ギフティッド教育:「ギフティッドのABCDE」

Aspire (大志を抱く)「絶対に….やってみたい」「絶対に…になる」「世界のために……したい」ギフティッドの子供たちの中には大きな志を持っている子がいます。そして、正義感が強い子がいます。


Q. 子供がその気持ちを共有した時、あなたはどう動きますか。


Bold (画期的)「Old vs. Bold」ギフティッド教育を話す時、私はこの2つのキーワードを用います。古い体質の画一的な教育(OLD)を提供するのか、それか画期的な教育(BOLD)を提供するのか。


Q. あなたの子供のベストフィットな教育環境とは?

Celebration (お祝い)
学ぶの大好き!でも勉強大嫌いという子もいます。私:「今年はテストはありません」生徒達:「やった!」私「はい、鉛筆と消しゴム準備だけ机の上」生徒達:「テストないっていったじゃん」
私:「テストじゃないよCelebration of your knowledge(知識のお祝い) 」生徒達:「一緒じゃないかあ!」何でもお祝いにする!


Q. 学んだこと、取り組んだことを実践する機会はありますか?


Dependable (頼りになる。頼る。)ギフティッドの子供たちはクラス内で「先生の助手」の役割をさせられるケースが多いです。頼られる存在になるのは嬉しい事だけど、頼りにする存在は子供の中にどれくらい存在しますか。そして、子供は何か必要な時に、助けを求める事ができますか。

Q. 子供たちが頼り相談できる親以外の人はいますか?


Eye-Opening Experience(驚く体験)目を真ん丸くして口を大きく開けて「ワォ」、知的好奇心をくすぐられる体験をギフティッドの子供たちは欲しています。
さい意外な自分の一面に出会う経験は?


First Penguin Awardという言葉をご存知ですか。餌を求めてペンギン達は海に飛び込みますが、飛び込んだ先には必ずしも餌があるとは限りません。危険が待っている事もあります。ペンギン達は氷の端まで行きますが、その時、必ず最初に飛び込む勇気あるペンギンがいます。そのペンギンのおかげで他のペンギン達も飛び込む事ができます。飛び込み方が下手かもしれません。腹を思いっきり打っているかもしれません。でも、大切なのは「最初にやった」という事です。上手にできたかではなく、大切なのは「最初にやった」という事です。

このFirst Penguin Awardは誰も勇気がないのに、手を挙げて、最初にやった勇気ある人に与えられる賞です。

最近、皆さんは自分にこの「First Penguin Award」を与える出来事はありましたでしょうか。子供たちに話す時、過去の経験から得た教訓を話していますか。それとも、現在進行形で起きている出来事から学んだ事を子供たちに共有していますか。子供も大人も「新しい事」という機会の前では一人の人間です。同等の立場に立ちます。         

「息子はスノーボード、妻はスキー、娘はソリ」

スノボーは絶対無理だと思ってた」と息子が言っていた。

最近、息子は、成長マインド思考の言葉を使うようになった。

「やってみないとわからないからね!」

取り組みや振り返りの時に、必要以上に自分を非難することもなくなった。

最初、子供のエリアで、バインディングの付け方を教えて、それだけで、上まで連れていった。

リフトなんか上手に降りることはできないから、もちろん、倒れて、リフトが倒れた息子の頭の上を抜けていく。

まず、正しい姿勢を教えても、滑っている時に、直していかないとならないから、

やっぱりマンツーマンって必要だなぁと感じました。

まず、立てない。

立てた後は、左に滑り、右に滑り、前に転び。

どんどん上達するのは、立つこと。

倒れてから、立つまで、30秒くらいで立てるようになった。転んでから立つことには自信が湧いたらしい。

すぐ立てると、またすぐ練習できるから、少しづつだが、滑っている時間も長くなっている。

長くなっているといっても5秒が10秒になった程度。

まずは、転びながらも下まで降りてこれたことにイイネ!!!

もちろん、2回目も行くというので、連れていくと、リフトに乗っている時間は、アドバイスの時間。

姿勢が良ければもっと滑れることを伝えました。

また、リフトから降りる時は倒れて、這いつくばって出てきます。

2回目のランで外回りと内回りができるようになってきている。そして、ブレーキングもできるようになってきている。

倒れる時は、大抵姿勢が悪い時。

2回目滑り降りてきて、「スノボー最高!。やってみないとわからないことあるね!」と。

私は大学生の時、スノーボードを始めたが、外回りと内回りのターンって、できるようになるのスノーボート3回目、4回目くらいだったと思う。

息子は2ランでできるようになった。いつも色々口うるさいことを言っているので、今日はたくさんイイネをあげました。

意外とセンスあるぞ!