ギフティッド教育:ギフティッドチルドレン

ギフティッドの子供で一人で遊んでいる場合、それには、色々な理由がありますよね。同年代の子供たちだと、何か物足りなかったり。

また、似たような趣味でも誰もそのレベルで興味を持っている子が周りにいなかったり。

また、「頭の中で描いていること」その世界観は本人でさえも言葉や形にすることができないかもしれません。そして、人に何度も説明することが嫌いな子も多いです。

また、どれくらいの「思い」でやりたいかというのも共有しづらいかもしれません。

結果、「自分が好きにできる」「自分のペースでできる」「説明をしなくても済む」状況になってしまっているのかもしれません。


でも、みんなと遊びたくないわけではない。逆に、みんなと遊びたいし、友達だって欲しい。理解してくれる人が欲しい。親友が欲しい。


親が「一人で遊ぶタイプなんです」というのは、既にタイプ分けをしてしまっている。「今のところは、一人で遊ぶことが好きみたいです」の方が良いでしょう。

もしかしたら、「お互いにインスパイアしながら」の良さをまだ知らないのかもしれません。グループでのワークになると、「ウチの子はできるかな?」と、既に親が諦めているかもしれません。結果、子供たちは成長の機会を失っているかもしれません。

その場合、子供は意外な自分の一面をみることはないでしょう。
ギフティッドの子供たちの中には、こういった特徴が
「諸刃の剣」となり、衝突の原因になる場合もある。

– 周りや自分への期待が大きい。- 批判的- 独創的- 完璧主義

しかし、グループワークの中での衝突はよくあることです。衝突は成長の機会です。ある意味、ぶつかり稽古が必要不可欠です。


みんなで遊んだり、授業のグループワークやプロジェクトの時、大喧嘩している事多々あります。休み時間とか、言い合いで終わってしまう子たちもいます。

例えば、鬼ごっご。とっても簡単な鬼ごっご。そこにルールを足して、より複雑にし喧嘩になる。クラスでのペアでのプロジェクト、一人は締め切り間近で何でも仕上げる生徒。一人は何でも余裕を持ってタイムライン通りにする生徒。プロジェクトが進行していくに連れてケンカになっていました。

「僕がリーダーになりたい!」

リーダーになりたい理由はリーダーシップを発揮して、導きたいのではなく、大抵の場合は自分の意見を通したいから(笑)

「みんな僕の話を聞いてくれない!」と怒っている子がいます。

みんな聞いているんです。

ただ、彼の思い通りになっていないんだけなんです。必ず必要になるのが「折り合いをつける」ということ。

この「折り合いをつける」は決して「諦めて受け入れる」ということではありません。

「 Agreement with = 折り合いをつける」お互いに生じている気持ち、生じている自分の気持ちに耳を傾け、それを acknowledge – 受け入れること。

1.「生じているお互いの気持ち」との折り合い
だから、お互いの気持ちを知らなければならない。自分の気持ちを伝えなければならない。すなわち、「折り合いをつける」というのは、相互の「生じている気持ち」を伝え合うこと。

そして、相手も自分もその「生じている気持ち」に圧倒されているのであれば、タイムアウトをとらなくてはならない。自分はイライラしている。自分は怒っているなど。「生じている気持ち」を受け入れる。

How are we feeling?  – 今、私たちはどんな気もちになっている?
生徒によっては、何も言えないかもしれません。

また、理由は言わず、生じている感情だけかもしれません。生徒A  “………………”生徒B  “ I am frustrated 私はイライラしてる”生徒C  “ I am frustrated because you don’t listen – 僕はイライラしてる。

その理由は君が聞かないから”この時、大切なのは、強調するのは、自分がどう感じているか。原因ではない。

2 .「生じている自分の気持ち」との折り合い
生じている気持ちに圧倒されているのであれば、その気持ちと向き合わなくてはなりません。気持ちを伝えたあと、次のステップにいける生徒もいれば、タイムアウトをとって、その気持ちと向き合わなくてはならない子もいます。

ここで大切なのは、子供それぞれの状態があるので、それぞれの対応をしなくてはならないということ。「Come back when you are ready – 準備ができたら、戻ってきて」と言える生徒もいれば、”Hey, deal with it –  対処しろ”と冗談交じりに短くアドバイスすることもできます。

また、具体的なステップが必要な子もいます。

3.「Are you part of the solution or part of the problem?君は問題解決の一部なのか。問題の一部なのか。」
まず、そこから一歩前進したいか思いを確認する。

「どうやってやりたい?」

この時、大抵の場合は、ステップの確認、工程の確認、また、ケンカをしないように、やる内容を公平になど話し合うことでしょう。例えば、自分が思う正しいやり方をお互いに説明しようとするかもしれません。

例:テントの設置など「僕はポールをこっちに入れた方が良いと思う」「前にやった時は、ペグを先に打ったと思う」自分の考えを述べる。

明確にいうと、ここが感情知性を育んでいる子と育んでいない子に大きな差がでます。感情知性を育んでいる子は、これまでの気持ち、そして、これからの気持ちを大切にするからです。

話し合うべきことは”How do you want to feel while you are doing it? やりながらどんな気もちになりたい?”

「応援し合っているなと感じながら、やりたい」「お互いに耳を傾けているなと感じながら、やりたい」「楽しいと感じながらやりたい」


4. 最後にCommitment – コミットメントお互いにお願いすること、自分ができることを話し合う。お互いにコミットする。

具体的にはどんな言葉が必要なんだろう。具体的にはどんな返事が必要なんだろう。どんなコミュニケーションの取り方がいいんだろう。そのためには、e-statement (応援する言葉)を使う!


大切なのは、これがプロセスであるということと、皆が共通して取り組むプロセスだということをお互いに理解していること。

そして、どの時点でもタイムアウトを取ることができる。タイムアウトの取り方はそれぞれ。そして、タイムアウトが自ら取れない子もいる。「解決の一部となる」コミットメントができたら、戻ってくる。


この時、先生、大人はどんな役割で、どんなことができるか。まず、「橋渡し役」であるということと「Put it in perspective 状況を大局的に見せてあげる」ことができる。


こういった機会というのは子供たち自身が大人がいなくてもでできるように教えていく。ソーシャルエモーショナルスキルだ。
こういった説明をすると、こういった声を聞く。

「そんな時間ないんです。」

「そういったことができる先生がいないんです。」

「それって大変ですよね。」


そういう時は、私はこの質問をします。

Are you part of the solution or part of the problem?君は問題解決の一部なのか。問題の一部なのか。」

ギフティッド教育:「Meeting the Social and Emotional Needs of Gifted and Talented Children ギフティッドチルドレンのソーシャル・エモーショナルニーズを満たす」

ギフティッド教育:「Meeting the Social and Emotional Needs of Gifted and Talented Children ギフティッドチルドレンのソーシャル・エモーショナルニーズを満たす」

一度聞いてもよくわからないかもしれません。しかし、これがギフティッド教育の根幹となる感情知性を育む必要性を説明した言葉です。

2014年に第1回ギフティッド教育カンファレンスを開いた時、私はギフティッドの生徒たちについて、そして、ギフティッド教育について本当に知ってもらいたいこと、一番大切なことを伝えてたくて、迷わず、Emotional Intelligence 感情知性と Social-Emotional Skillsをテーマに選びました。

要するに、自分が存在するコミュニティーの文化の下、先輩後輩の関係、一緒に活動している仲間たち、安心できるクラスメートたち、耳が痛いことも言ってくれるメンターなど、みんながそれぞれのベストの望む関係の中で、ギフティッドの子供たち自身が普段の気持ちを共有し、問題があれば解決に取り組み、自分のため、周りのため、自分が存在する家、コミュニティー、世界のために、アドボケイターとなり続けるプロセスのことを指します。

このソーシャルエモーショナルスキルを育むにはカリキュラムの中に組み込まれていなくてはなりません。または、その学校やコミュニティーの文化になっていなくてはなりません。それは、蜘蛛の巣を何枚も重ねたようなサポートシステムでなくてはなりません。

ギフティッドを教える先生たちは、よく、ギフティッドの子供たちを色々な言い方で説明しますが、クラスルームの中で、感じることは、“They get it  –  彼らはわかる“ ということ。抽象的な物事の意図を読み取り、ニュアンスを読み取り、皮肉、ユーモアなど、彼らの多角的な視点で、感受性をもって、表も裏も理解する感じです。
“They get it  –  彼らはわかる”

しかし、彼らも「わからない」「知らない」ということがあります。それは、とっても複雑な彼ら自身のことです。そして、成長とともに大切にしていきたい自分の価値観です。そして、自分自身の価値です。

ギフティッドの子供たちが全ての答えを持ち合わせていない時、これは、ギフティッドたちにとっては恐怖となりえます。

よく、ギフティッドの子供たちは自尊心をみながら、育つことは大変難しいと言われています。それはなぜでしょうか?よく面談をして、保護者に言われることがあります。「うちの子は自尊心がなくて、自信もない、どうやったら育ちますか」と。なぜ、自尊心や自信がないのでしょうか。

まず、私たちがギフティッドの子供たちについて理解しなくてはならないことが幾つかあります。

1. 凄いと言われても自尊心や自信は育むことはできない。周りから見ると、「小さいのに、こんな事ができて凄いね」と、高度なこと、年齢以上のことができたとしても、本人たちからすると、それはそんなに凄いことではないんです。そして、その「凄い」という言葉に多くのギフティッドの子供たちは苦しめられます。全てにおいて凄いと言われなくてはならないのかと。将来は凄い人になって、凄い偉業を達成しなくてはならないのかと。

2. できることをしていても自尊心や自信を育むことができない。「同じ馬の絵を描く子」と説明することがあります。できることだけをしている子。「 Fixed mind – 才能は生まれ持ったものだから、今、現時点で、できないのであれば、これからもできることはない」という思考。だから、もしかしたら、育っているのは、「Unjustified self-esteem 現実が伴っていない自尊心」かもしれません。

3. 自尊心や自信を持つ前に子供たちが育まなければならいことがあります。多くのギフティッドは自分に過度に高い期待を持っています。また、周りからすると、大したことではないと感じるかもしれませんが、失敗した時、自分が何もできなかった時、「許せない」と自分のことを思うかもしれません。そのギフティッドの子供はその自分を尊敬できるのでしょうか。愛することができるのでしょうか。

大切なことは、自尊心や自信の前に、自分を知ること。「そもそも、自尊心や自信を持つ、この自分という人はいったい誰なんだ?」ということ。そして、「自分はこういう人で、こんな素晴らしいところがあって、そして、まだまだ課題のところもあって、それでも私ってイイネ」と自分を受け入れるという心です。自分は成長過程中なんですと、声を大にして言えることです。

以前こんなことがありました。いじめに遭った子が転校してきました。「僕はいじめられていたんだ。そして、その子の靴を学校の外に投げたんだ。それが、とっても暴力的に思えて僕は自分を許せなかったんだ」その思いを受け止めてくれる仲間たちがいました。その気持ちだけではなく、持ち続けていた彼の気持ちを理解する仲間たちがいました。そして、涙ながらに「今の自分になるのを助けてくれてありがとう」と仲間たちに話していました。それが全てでした。自分の事を知り、そして、受け入れた瞬間でした。その後、彼は、勉強面、社交面、感情面で、大きく成長していきました。そして、確固たる自尊心や揺るぎない自信を得ていきました。

「When gifted is not figuring it all out. ギフティッドの子どもたちが全てを悟っていない時?」

自分の好きなとこは?最近成長したところは?自分の人生のミッションは?自分の課題は?自分の快適ゾーンの広さは?自分のことに関してはよく知らない子が多いです。
「自尊心と自信は、自分を探求した後に、そして自分にハイタッチした後にやってくる」

ギフティッドの子供たちは、正義感の強い子が多いです。そして、とてもセンシティブな子が多いですよね。みんなが気がつかないところに気づいてしまう観察力と、見えないものまで見えてしまう洞察力がある。物事、人の非常に細かいところまで気がついています。

世界で起きている事件、災難、悲しい事故を聞いたり、目にしたりすると、ギフティッドの多くは、激怒し、激しく心が傷つき、悲しみ、ショックを受けるでしょう。それは、私たちが想像している以上の衝撃です。また、普段、学校で、不誠実、理不尽、いじめ、それを目の当たりにした時、激怒し、激しく心が傷つき、悲しみ、ショックを受けるでしょう。

そして、色々な感情が湧き上がってくるでしょう。心の中で拳を振り上げるでしょう。その振り上げた拳はどうして良いのかわからない場合もあるでしょう。自分のことのように親身となって立ち向かうでしょう。それは、何日にも渡って胸につかえているものだろし、なぜ、自分はその状況をなんとかよくできないか悩み続けるかもしれません。

何よりも「気持ち」を大切にしているギフティッドはいじめを見たら、許すことができないでしょう。激怒するでしょう。

しかし、普段から「誰からも理解されていない」と感じていれば、その気持ちに対して、行動を起こさないかもしれません。諦めるかもしれない。「言ったところで変わることは何もない」と。「いじめている子に言ったところで、やめないかもしれない」と。

「私は何もできない」と helpless-無力と感じる子も多いです。そして、自分に期待が高いほど、そのhelpless-無力と強く感じるでしょう。

ギフティッドの子は言う子かもしれません。「生徒主導のいじめ撲滅週間を作る、いじめ撲滅運動を学校で取り組みたい」と。しかし、大切なのは、行動の大きさではなく、一緒に考える「Act small – 小さな行動」です。

「今から、明日から何ができるだろう?」一緒に考えてあげてください。「僕はこれを大切にしたい」と自作のポスターをクラスに貼ってもいいと思います。担任に手紙を書くこともできます。いじめている子と話すことでもいいです。いじめに遭っている子と話すことでもいいです。

この時、大切なことは、「変える」ということがゴールではないということ。自分の気持ちを伝えること。自分の立場を明確にすること。これがとても大切です。生徒生活指導もしていたので、こういった生徒とのやりとりは沢山ありました。

「言うことが大切。伝えることが大切。自分が本当に大切だと思う価値が強くなる機会。その価値は絶対に失くしたくないものですよ。」

私たちが理解しなくてならないこと。それは、「正義感が強い」ことと、「自分の立場を主張する」ことと、「勇敢に行動する」ことは同じではないこと。
ギフティッドの生徒は、自分の「ボイス」を持てるように育んでいかなければなりません。
ボイスとは自分の価値観や信条に反映されて出てきた「あなただけ」のもの。経験を通して得た「あなただけ」の意見です。私のボイスが強くなるとき、それは、Authentic(本物)な経験をしている時です。それを自分なりに向き合って、「自分のもの」となった時、ボイスが強くなります。

周りは、”Loud and proud  – 声を大きく誇りを持って”や “your voice matters – あなたの意見は貴重だ” のようなフレーズをかけ、応援することができます。

「ボイスは育んでいくもので、また、君のボイスは大切なんだよ」と教えてあげます。
だから、ギフティッドの子供たちが背負っている悩み、思い、考え、目を見て、お互いに腹を割って話す仲間たちはいるだろうか。

一緒に頭を抱えて考えてくれる人はいるだろうか。

行動にどうやったら移せるか、手とり足とりコーチしてくれる人はいるだろうか。
そして、「気持ちに忠実であれ」と背中を押してくれる人はいるだろうか。
全ては face to face. 自分と相手の息遣いがわかる距離、心臓がバクバク言っているのがお互いに聞こえる距離で話し合うこと。

そういったプロセスの中で、ギフティッドの子が持つボイスは強くなり、勇敢に行動できるようなった時、

彼らは、Helpless(無力感) からHopeful(希望に満ちて)に変わっていくことでしょう。

ギフティッド教育:ギフティッドのアンダーアチーバーってオクシモロンなのか?

ギフティッド教育:ギフティッドのアンダーアチーバーってオクシモロンなのか?

オクシモロンとは、普通は矛盾と思われている言葉をつなげる語法。
例えば、

「明るい暗闇」

「小さな巨人」

「負けるが勝ち」

「本物のイミテーショングッズ」などなど。

だから、ある人は、

もしギフティッドという言葉を聞いて、

「ギフティッドって、天才児で、勉強ができて、飛び級とかして、世界を変える子でしょ」と、とっても勘違いしている人がいるとすると、

アンダーアチーバーの意味を聞いて、 

underachiever 【名】劣等生、成績の良くない人、学業不振児、期待する成果を挙げられない人。

「ギフティッドのアンダーアチーバーって?どういう事?オクシモロン?」と思ってしまうかもしれません。

もし、ギフティッドアンダーアチーバーと聞いて、オクシモロンと思う方は、是非、ギフティッドについて学んでもらいたい。

成績優秀がギフティッドではない。成績優秀じゃなくてもギフティッドです。

それでは、成績が良くない大きな理由は色々ありますが、完璧主義、快適ゾーンの狭さ、自尊心の低さ、自信のなさ、自分に大きな期待は抱いていないという子もいますが、アカデミックスキルが伴っていないということもあります。

アカデミックスキルは成績に直結しています。アカデミックスキルの向上は、スケジュール管理、タイムマネージメント、整理整頓、優先順位をつけるなど、エクゼクティブ・ファンクショニングスキルが大きな鍵となっています。


アカデミックスキルの要素

  1. クラス参加ができる
  2. プロジェクトを計画し遂行できる
  3. 分かり易く説明できる
  4. スマートに勉強できる
  5. 整理整頓ができる
  6. 継続して取り組める
  7. 期限を守れる
  8. 準備ができる
  9. 予習、復習ができる
  10. テストが上手に受けられる
  11. テストへの準備ができる
  12. 時間の管理ができる
  13. 討論できる
  14. プレゼンができる
  15. グループワークができる
  16. スマートなリサーチができる
  17. テクノロジー駆使できる
  18. 質問ができる
  19. 読解ができる
  20. 頑張り中
  21. などなど

ギフティッドの子供たちが学ばなくてはならないもの。

それは、 – Study Smart, not just hard  – 一生懸命だけでなく、賢く勉強する –


カリキュラムの一環として、それぞれの学び方を知り、勉強法を確立させていき、アカディミックスキルを磨いていくクラスが毎日あるのは、多くのギフティッドは勉強したことがないからです。

ロビン:「勉強って何?」
カリン:「勉強したことない。」
キャシー:「勉強しなくてはいけないということは僕はギフティッドじゃないのかな?」
トム:「勉強したのにまったくテストができなかった。」
ナンシー:「勉強したのにテストが終わらなかった。」
リア:「鉛筆が逃げていく。紙がない。鉛筆がない。だから勉強できない。」
マシュー:「問1から問10で、問1しかできなかった。」
ジョージ:「日本語の宿題だけしていたら、他の宿題できなかった。」

「暗記が得意なんです」というのは、「今、テスト勉強に暗記しか使っていません。進学進級したら、暗記だけでは通用しないということ。」

この暗記という勉強法は気持ちが整っている時にのみ通用する勉強法ということ」思春期に入ったらどうでしょうか。ホルモンのバランスが崩れ、感情の起伏がより激しい時、暗記という手段だけで勉強できるでしょうか。

また、中学になると、勉強やプロジェクトが小学生とは異ります。宿題の内容、期日も違います。また、一人でやることよりも、複数でやるプロジェクトがあります。宿題も暗記だけではありませんし、テストも暗記だけで通用するものばかりではありません。
実は「暗記が得意」というのをよく聞きますが、非常に怖い。

勉強法が「暗記のみ」の場合、ほとんどの生徒はアカデミックスキルが伴っていません。

Active Study:見える勉強
まず、アクティブスタディとパシーブスタディという言葉を紹介します。これが勉強をしていく上で鍵になる言葉です。

「アクティブな見える勉強」とは簡単に言うと、勉強した事を他の人に見せる事ができる勉強です。

ある意味、勉強した証拠です。見える勉強は楽しいです。ダンスを作って学んだり、歌にして学んだり、ポッドキャストみたいに録音しながら学んだり、プレゼンテーションを作って学んだりできます。

 お母さんが夕食の支度中、見える勉強として、自分が学んだ事を伝えている事を録音した子もいました。

 一方、ひらがなテストに出題されるひらがなのクッキーを焼いてきた生徒もいます。「先生、ひらがなの勉強でひらがなクッキー焼いてきたよ。いっぱい作ったんだ。これあげる。あ行とか行」クッキーを作りながら、ひらがなの書き順やひらがなを勉強したらしい。その後に、数回ひらがなをノートに書いて勉強したらしい。見える事ができるアクティブスタディ。楽しい。

 そして、テスト前のお菓子という先生達にとってはとても有り難い賄賂の準備もできる。最高の勉強法です。時に生徒は「じゃあ、読書が宿題の時はどうするの?読むだけだから見えないよ。」「声に出して読む事だってできる」それか「Left Hand Page」や「Dialogue」といって、左右にある余白に自分の質問や感想を書き入れていくのも良いです。

 もちろん、読書したかどうかはクラス内のディスカションでわかりますが、宿題をするかしないかではなく、あくまでも「見える勉強」をしているかどうかです。一方、パシーブスタディとは「見えない勉強」です。

よくあるのが、ひらがなの書き取りの宿題で何も見せない生徒がいます。聞いた所、ワークシートに載っているひらがなを見ただけです。でも、勉強したと言いいます。「ノートを見て、テスト勉強した」これは、他人に見せる事ができないので「アクティブな見える勉強」ではありません。なので、宿題をしている=学んでいる事ではありません。

ギフティッドの生徒が学ばなくてはならないのは、 – Study Smart, not just hard  – 一生懸命だけでなく、賢く勉強する – 

ギフティッドのアンダーアチーバーってオクシモロンではなく、多くのギフティッドは自分の学び方を学び、自分だけの勉強法を確立していくメタ認知教育が必要不可欠です。

ギフティッド教育:ギフティッド教育は挑戦的な教育


最初に教えた生徒たちもすでに30歳を超えました。それぞれの人生のミッションに忠実な教え子たち。彼らが活躍する分野は多岐に渡っています。そして、現在、日本にて、ギフティッドと見極められる生徒たちも含めて、色々な子供たちに挑んでいるが、縁が合って出会っているご家族と共に成長していくのは、最高です。

日本では「ギフティッド」という言葉が教育用語にも関わらず、教育現場で知られていない。学校の先生たちも「ギフティッド」という言葉を知らない先生が多い。

だから、ギフティッドと見極められる子供たちは一般のカリキュラムではチャレンジとサポートができないことを知りません。ギフティッドの生徒は、アメリカであれば、担任の先生が気がつくことが多いです。しかし日本だと、ギフティッドという言葉を学校の先生からではなく、医療関係者から聞くこともあるようです。

だから、勘違いしてしまうのでしょう。そもそもギフティッドという言葉は医療用語ではなく教育用語です。医療関係者だと「ギフティッドかもしれません」大抵はそれくらいで、明確な理由も教えてくれません。また、「こういった子供は海外で教育を受けた方が良い」などのような、ほとんどの家族には途方もないアドバイスを受けるようです。

ギフティッドという教育ラベルは、その子にとって、挑んでいかなくてはならないというラベルになるか、また、スティグマになるかは、その子供の教育に必要不可欠なものを理解するかが鍵です。

何が「必要」で、何が「必要不可欠」かというのは明確にしなくてはならない。そして、それは子供の成長とともに変化していきます。

感情知性はプロセス。取り組み。過程。長い期間で磨いていくもの。単発の夏期講習的なものでは、育めない。ギフティッドは勉強や知的なもの意外なチャレンジの方が必要不可欠です。

ギフティッドの子供を育てているのであれば、

Needs vs. Essential ー 必要なのか、必要不可欠なのか。

例えば、感情知性を育むのは必要不可欠。ギフティッドが自尊心や自信を育みながら、自分の才能を探求したり、自分の魅力を探求したり、そして、人生においての幸せは、感情知性が鍵だといっても過言ではありません。

何がEssential(必要不可欠)なのかは、ギフティッドチルドレンだからという物もあるが、それらは成長によって変わっていくので、「見極め続けられている」ということが必要不可欠です。

ギフティッドの子供を家庭レベルで育てていくのは必要ですが、コミュニティーで育っていくのは必要不可欠です。ギフティッドが安心して果敢に挑みを続けられる仲間たちが必要不可欠です。ラベルを貼ったら終わりではありません。

そのラベルの目的は子供に挑むことです。挑むには、ギフティッドを理解し、挑み方を知らなくてはなりません。ギフティッドがどのレベルで挑まれ、そして、どんな成長をしていくかを、ギフティッド教育のカリキュラムから、そして、クラスルームでの経験から知っている必要があります。

保護者たちは、ギフティッド教育や、偏差値の高い学校が必ず子供にとって良いとは考えないことです。また、ギフティッド教育は、ピンキリです。質のよいものもあれば、看板だけのようなものもあります。

偏差値の高い学校が必ずしも子供にとってベストスクールではありません。キーワードは、自分の子供にとって「ベストフィット」大人になる前には「ギフティッドチルドレン」のラベルが剥がれるように、本人が自分の魅力を探求できるように挑みます。このラベルの後ろに隠れている人は誰なのか。素晴らしいのは、その子が「ギフティッド」だからではない。素晴らしいのはあくまでも「本人」だからです。

ギフティッドと見極められたからといって、将来が約束されることは一つもありません。私はギフティッドが持つ才能ではなく、その子たちそれぞれが持つ魅力に釘つけになります。私が興味があるのは、既知より未知。子供たち、保護者もまだ出会えていない一面であります。快適ゾーンの外で冷や汗をかいている生徒を見ると、誰もが意外な結果に驚くことになります。

ギフティッドの多くは「秀才」とは呼ばれないでしょう。「ギフティッド=勉強ができる」わけではありません。それより「風変わりな子」や「奇抜な子」と思われるかもしれない。

秀才 vs ギフティッド
まず、「普通」という枠の中には収りません。クラスの中で先生が枠の中に入れようとしても入らないのは、その子もワガママではありません。そもそも、その枠というのはとっても小さい枠だということです。

ギフティッドの子供たちは常識に囚われずに、独創的な発想で考える「箱の枠の外の思考」をします。

しかし、発想は枠の外でも、多くのギフティッドの子供たちは、自らの快適ゾーンの中に留まり、失敗を恐れ、リスクテイカーではないでしょう。リスクテイカーではないので、意外な自分に出会う機会や成長の機会に手をあげない子が多いでしょう。そういった子は成長マインドを育んでいかなければなりません。「できないのは、現在の時点で、努力すればできるようになる。」”Not yet” の哲学です。これも教えることではなく、経験して自分の大切な価値となっていきます。

私達の教え子は一般的な仕事には就かず、自分たちで作るでしょう。遠い場所へ旅をする人になるでしょう。困っている人達に手を差し伸べる人になるでしょう。学歴ベースではなく、情熱ベースで道なき道を切り開いていくことでしょう。

しかし、もっと大切な事はより良い人として育ち、自分のベストを引き出すために必要な感情知性のスキルを身につける必要がある事に気がつき、磨いでいくことでしょう。昔の自分だったら選ばない道を選択し、仲間達に頼ったり、頼られたり、コミットメントすることの大切さを学ぶでしょう。

ギフティッドと見極められる子どもの子育ては、子育て経験がまったく異なる。ギフティッドの「才能」ばかりが注目されると、ギフティッドの子ども、または保護者は不安と恐怖の中で育っていくでしょう。

ギフティッドの生徒たちは、先生にとって、決して優等生ではない。むしろ、先生として鍛えられ、人として見られることでしょう。意味や意義を大切にしているので、色々な指示や伝統に対して「なぜ?」と聞くことが多いかもしれませんが、決して反抗しているわけではありません。あなたの意見が聞きたいだけなのです。議論がしたいんです。魂と魂のぶつかり合いをしたいんです。

ギフティッドの多くは皆さんが思うような「天才」ではありません。しかし、多くは「天才的な」奇抜な発想を持っています。また、ギフティッド自身の魅力を探求する障がいになっているかもしれません。ギフティッドの生徒は一般的なカリキュラムではチャレンジしきれません。

ギフティッドの子供たちは大人びてはいますが、大人ではありません。だからといって、子供時代を奪ってはなりません。ギフティッドチルドレンを早く大人のように扱う必要はありません。子供時代を存分に満喫させてあげましょう。世界に大きく貢献することがあっても、世界を変えることが宿命ではありません。

誰が教えたわけではないが、教わることは既にたくさん知っています。

ここでは、単に「知っている」ということです。

ほとんどの場合、本からの情報であり、経験上知っているというわけではありません。そして、経験もしていないのに、知っているのであれば、なぜ、わざわざ経験しなくてはならないのだろうかと考えるかもしれません。

また、色々な物事が頭の中で完結してしまう子供にとって、実際に経験を通して知識を得るということがどれだけ素晴らしいことなのかを経験を持って教える機会が必要です。

知識のリファレンスを本やネットではなく、本人の経験から話せるようになりましょう。「Don’t tell me how educated you are, tell me how much you have traveled – 学歴より、どんな冒険をしてきたかを教えてくれ」

ギフィティドの子供たちを説明するとき、

「世界のうつりかたが違う」

「脳のワイヤリングが違う」

「顕微鏡のような目と鳥のような目をもつ」

「ウィットに富んだ発言をする子たち」

と説明する人もいます。

ギフティッド教育は英才教育・天才児教育ではありません。ギフティッド教育はエリート教育でもありません。ギフティッド教育は一人とも同じような生徒はいない多種多様な子供たちの秘めた魅力を一緒に探求するための、とっても挑戦的な教育です。

目的は、Awakening Excellence

まずは、ギフティッドについて知らないと、ギフティッドの子供たちは違うラベルを貼られ、勘違いされ、大人になっていくことでしょう。ギフティッドという教育ラベルはアメリカにおいては義務教育期間の子供たちを対象にされています。

日本では違った子供達をギフティッドと呼んでいないでしょうか。本来のギフティッドたちは、見極められずにいるのではないだろうか。ギフティッドの特徴などを見て、「それってある程度、みんなそうじゃない?」と思う人は、ギフティッドに出会っていないことでしょう。

本当に理解しなくてはならないのは、周りでなく、本人自身です。自分を知り、自分に精通し、自分の魅力を理解しなくてはなりません。しかし、ギフティッドと呼ばれる多くの子供たちはチャレンジされずに、大人になっていきます。

尻尾を出していませんか?

向き合っている情熱にどれくらい没頭してるでしょうか。何時間も時間を忘れて没頭できる。スコップ一つあれば、裏山でプロジェクトが始まります。自分の空想の街を掘っていく子もいれば、本気でHole to China(地面を掘っていけば、中国にたどり着く)と考えて放課後掘ってい好きなものを基礎に快適ゾーンを広げていくことができます。

そして、抜群な記憶力。理由を明確に話せたり、非常に高いレベルで物事の因果関係が理解できたり。科目ごとで学んでいる関連性を話せたり。抽象的思考、または、概念化できる。だから、クラスが一つのテーマで繋がっているIntegrated curriculumなどはギフティッドの子供たちとっては嬉しい。

考え方がとてもオリジナルで、問題解決ができるかどうかは別として、色々な角度から問題解決の糸口となるアイデアを提供することができます。これは、プロジェクトのみならず、友人たちの間でのいざこざも含まれます。

鮮やかなイマジネーションがあるので、読んだ本の映画化には大反対でした。ハリーポッターの本など、あれだけ読み漁っていた生徒たちは、映画は見ていませんでした。自分たちの想像を映画で映像化すると、がっかりするらしいのです。

哲学的なことや社会問題に注目しています。生きることや、死に関して興味を持っていたり。世界で何が起きているのか。地球規模で何が起きているのかに興味があります。 NPRという NHKのようなラジオを朝聞いて学校に登校してきます。今日は、何が世界で起きているのか話し合っています。

答えのない議論をよくしています。「美味しいM&Mのチョコの色は?」とても感情的にも身体的にもセンシティブ。正義感が強かったり、公平性にも高い意識を持っている。大人の矛盾に厳しいです。生徒に「させる」ということは一つもないです。一緒に「取り組む」ということです。「先生だから」「大人だから」という理論は通用しません。子供に求めているものは我々大人も実践していなければなりません。

非常に高い正義感、公平感を持っています。ギフティッドの多くは非常に感情豊かです。自分でもその湧き出る感情に太刀打ちできないこともありますが、世界平和を願う心優しい子が多いです。「なんで、私はこの世界を救うことができないんだろう」と悩んで寝られない子もいます。だから、 Think globaly and act locallyで何がその生徒が住んでいる場所でできることを考えてあげましょう。

完璧主義なところもあります。全部完璧にやりたいというようより、やるかやらないか。できるものは率先してやるが、できなさそうなものはやらない場合があります。それは「できない自分」を受け入れられない子がいるからです。できない事をできないと言えるように。そして、Ask for a help. 

とんでもない内発的なモチベーションがあるから、周りから何を言われても実行する面もある。だから、物を与えて何かをさせるという外発的モチベーションは必要ありません。せっかくの内発的モチベーションが消滅します。

単語量が豊富です。年齢以上に向けた本を読んでいます。そして、大人も使わないような単語を活用する。だから、普通のクラスにいると、「変な言葉ばかり使って変な子」って思われるかもしれません。大人に「それってどう意味なの」って聞かれているかもしれません。

などなどなどなど、ギフティッドの子供たちの特徴ではなく、尻尾を出している姿は多様です。

尻尾を出しているのであれば、「この子は挑まれなくてはならない」と考えてください。

ギフティッドに挑むにあたり、必要不可欠なのは、私たち大人が実践して背中を見せているということ。ギフティッドの成長は、親の成長、周りの大人とともにあるということ。

さあ、挑みましょう。

ギフティッド教育:ギフティッドネスとうま味の奇妙な関係 後半

引き続き、「ギフティッドネスとうま味の奇妙な関係」です。

前編はコチラ場面は、世界一美味しい!出汁とり教室。参加者の一人が、稲葉さんの説明に首をかしげる場面がありました。

参加者の女性:「よくテレビでは、えぐ味や苦味が出ないように、稲葉さんの言っているようにしてはダメと話している」「テレビや本ではダシガラから絞り出してはダメと言っているけど….」というような話をされていました。

すると、稲葉さんは「質の悪いカツオ節を使っているのだろう」と一言。参加者の方々は目から鱗だったようです。

水出しした真昆布を沸騰させ、自分たちで削った鰹節を投入!最高の出汁をとることができました!ただ、感動の一言。味は、ものすごく繊細で、どこまでもまろやか。

そして、やりました!!!「うま味が見える!」ボールの底に黄金の光が揺らいでいました。茨城から車で岡崎まで来た甲斐がありました。

うま味がこんなに神々しく見えるとは思ってみませんでした。

タイコウの稲葉さんが、いや、天井にある照明が映っていたみたいです(笑)

ダシをベースにした和食はうま味をなしには成立しません。うま味は素材本来の味や香りを大切にして、料理を美味しく仕上げます。ギフティッドの子供たちにとって、ギフティッドネスは、うま味のようなものです。彼らを豊かに味わい深くしているものです。

「ギフティッドネスとは個々の異世界な経験であり、潜在力である。それは、非同期の成長、奇想天外な認知、独創的な思考、そして、激しい感受性の4つが創造している。」

これこそ、ギフティッドと見極められる子どもたちの「うま味」です。その「うま味」は素晴らしい潜在力を持っています。ワクワクしますね。

ギフティッドネスが備わっていると見極められたら、それはゴールではありません。スタートです。

ギフティッドネスが備わっていると見極められても、才能が開花されることが約束されているわけでもなく、幸せになるわけでもありません。

このギフティッドネスは、良し悪しではありません。その理由は、子供が存在する環境によっては、このギフティッドネスは重宝されますが、ある環境下によっては軽視、または、受け入れられない場合もあります。その場合、この教育ラベルはスティグマとなる可能性もあります。 

決して、「IQが高い=ギフティッド」「才能がある=ギフティッド」「勉強ができる=ギフティッド」ではありません。それらは、ギフティッドネスの片鱗です。簡単にいうと、「ギフティッドネスの尻尾を出した」と考えます。

きっと、ギフティッドの子どもをよく知らない人ほど、「才能」や「IQ」という言葉を用い、ギフティッドを説明しがちです。それは、ギフティッドの子どもたちを知る上で100万ピースの中の1つのピースにしか過ぎないと考えて良いでしょう。

ギフティッドは「才能」や「IQ」以上のものです。ギフティッドの子供に精通していると、「脳のワイヤーの張り巡らされ方が違う。例えば….」「違うレンズで世界を見ている。例えば….」多くのギフティッドの子供たちのエピソードからギフティッドネスを説明するでしょう。

現在の日本は、「目利き」のできない人が「ギフティッド」という言葉を使い、保護者に伝えているのが多いのではないでしょうか。

そして、「ギフティッド」という言葉と共に、大海原に放り出されている保護者は少なくありません。そして、保護者が「IQ」と「才能」だけに目がいくなら、「IQは高いんだけど…」「特に驚くような才能はない」と嘆いて終わることでしょう。

本当に目利きのできる人が「ギフティッドネス」を見極め、その子に必要なチャレンジやサポートを保護者に話さなければなりません。

「体験していることが、異世界であるということ」私たちは1日の中で、何回年齢が変わる経験をしていますか。ギフティッドと見極められる子供たちは1日に何度も年齢が変わっています。

例えば、ある子は6才児で、10才児の本を読み、12才児のように物事を考え、大人も知らない単語を使って世界の平和や教育哲学についてディスカッションをします。そうかと思うと、感情でいっぱいになった時、10才児や、12才児、また、大人のように、自分の感情と向きあうスキルがあるかというと、そこは年齢相応だったり。これは異世界です。

また、多くのギフティッドの子どもたちは、早くから抽象的な物の見方ができるので、ピカソの絵を見て、「変な顔」と周りが思っていても、その子は、もしかしたら、その絵が表現する抽象的な意味を捉えて共有するかもしれません。違う捉え方から、周りから「変な子」って思われてしまうかもしれません。

そして、比較的、物事を早くから、速く覚えてしまうギフティッドの子供たちにとって、「私は宇宙人なのだろうか」「どこの星からやってきたのだろうか」と考える子も少なくはありません。

この異世界が伴う感情の中には圧倒的な孤独感があるかもしれません。一般的に感じている感覚から大幅に離れています。「誰もわかってくれない」という場合、私たちが理解できないのは、彼らの気持ちや意見ではなく、この異世界のことを話しているかもしれません。 

「非同期の成長はギフティッドと見極められる子供の代名詞」非同期の成長とはどういった意味なのでしょうか。同期していない、シンクロしていない。揃っていない。何が揃っていないのでしょうか。多くの日本人が考えがちなのが、IQに凸凹があるということを話すでしょう。また、スキルの凸凹のことを話すでしょう。しかし、揃っていないのは、これらの二つではありません。

ギフティッドの子供たちのことを知る上で一番大切なのは、非同期の成長をしているということを知ることです。それは「知能面、社交面、感情面、身体面の成長が揃っていない」ということです。例えば、年齢以上の知能を持ち、それと伴い、社交面でも、年齢以上のグループと交流します。

思考や発想、着眼点なども含めて、年上の人たちと共鳴できます。しかし、それらで生じる感情を処理する感情面は年相応です。知能面や社交面の年齢と比べると幼く、処理できません。感情面では子どもということです。これも異世界の体験です。向き合いきれない圧倒的な感情がそこにあるかもしれません。

よく「IQの凸凹があるからギフティッドですか」と聞かれる方もいます。例えば、全米でも有名なギフティッド校は90年代、IQ130以上を入学基準として使っていました。実際にIQ129の子どもは入学できませんでした。

例えば、IQの結果に違うスコアが出て、去年はIQ130だったけど、今年はIQ129だったとしましょう。その子は昨年はギフティッドだったけど、今年はギフティッドじゃないということになるのでしょうか。また、ギフティッドプログラムに属していないと「認められた」ギフティッドではないのでしょうか。

ギフティッドに精通していない人は、こういった質問に答えられないようです。これらはあくまでも、それぞれのプログラムや学校の入学基準でしかありません。

「山」に挑め!」
ギフティッドの非同期の成長を説明するのには、「山」という言葉の方が適切でしょう。外から見る山と、実際に登る山では、まったくその経験は異なります。「山」は懐が大きく、雄大であり、爽快です。

その山には高い志を持って挑む人たちがいます。「君は山だ。自分の山に挑んでみろ!」と。子供たちには自分に高い期待、高い志を持って自分に挑むことができるように応援しましょう。

「うま味がエグミ、苦味、酸っぱくなる場合は?」
想像してください。ギフティッドと見極められる子どもたちが、巻き網漁法で大量に獲られ、網などに引っ掛かり、尾が無くなってしまい、それから、生きたまま冷凍保存され、関わっている大人が「いいんです!生食になるんで。」と、鮮度だけが優先されるのを。それは、あたかもギフティッドと見極められる子どもが一般のカリキュラムの中に入り、暴れまくっている状態です。

そして、そこに才能が芽生えていれば、才能を伸ばすことだけが着目され、その子が本当に必要なチャレンジやサポートは提供されないかもしれないです。また、尻尾を出さず、レーダーの下をくぐる子どもたちかもしれません。

じっと個性を殺して、周りに必死になって合わしているかもしれません。そういった、騙し騙し学校に通っている状態では、その子が必要な教育、チャレンジやサポートは受けられないないまま成長するでしょう。そこにうま味は残っていないかもしれません。残っていたとしても、苦味やえぐ味、そして、酸味に成り変わっているかもしれません。

ギフティッドを育てる保護者は色々な選択をしなければなりません。例えば、Q. IQテストの結果がきました。あなたは子供のIQの言語性や動作性、処理速度などを見て、子育てをしますか。それとも、あなたは、IQは知能の一部しか測れない限定的なものと考え、博物学的知能、対人的知能、内省的知能、身体・運動感覚知能、言語・語学知能、視覚・空間的知能・論理・数学的知能、音楽・リズム知能を育める機会を与えますか。
前者は限定的なアプローチです。そして、後者は包括的なアプローチです。どちらが正しいか、間違いかということはありません。


Q. あなたは、その子が持つ才能だけに着目しますか。それとも一人の人間としての魅力に着目しますか? 

観察力に優れ、皆が気がつかないところに気がつき、人の痛みに人の何十倍も敏感で、一緒に寄り添う子だったらどうでしょうか。ギフティッドの子供は気持ちを理解する感度が高いです。

いつも世界が抱えている問題を考え、リーダーシップをとって、周りを巻き込み、問題解決していく子だったらどうでしょうか。強いリーダーシップをとれるギフティッドの子もいます。

3大うま味成分はイノシン酸、グルタミン酸、グアニル酸です。この3つのうま味を合わせますが、足し算ではなく、掛け算らしいです。何倍ものうま味に変わるみたいです。

 うま味の相乗効果は、ギフティッドの子どもたちの共鳴と似ています。よくギフティッドの子どもたちが集まると、共鳴し合い、想像以上なエネルギーが生まれると保護者は説明します。ギフティッドと見極められる子供たちはそれぞれユニークです。お互いの違いを楽しめるように、自分を知り、そして、相手を知り。お互いを認め合えたら、素敵ですよね。

ギフティッドの子供たちを育てる保護者や大人には、思考の枠の外の思考で、子供たちに挑まなければなりません。そういった教育の機会というドアは意外な場所にあるかもしれません。そして、意外な成長の機会が待っているかもしれません

「機会のドアは向こうからはやってきません。私たちが見つけて、ノックしなくてはなりません。」

ギフティッド教育: 親の目線

特に、頑張ることもなく、冷や汗もかくこともなく、「こなす」ことができる領域。快適ゾーンの中にはサプライズはありません。

一方で、快適ゾーンの外は、自分に関して未知の領域。まだ出会ったことのない自分の一面と出会える可能性がある領域です。ワクワクヒヤヒヤの領域です。

なので、快適ゾーンの外に出るのには、身体面だけのチャレンジだけではありません。新しい役職、新しい仕事仲間、また、普段、共有していない気持ちを共有するのも快適ゾーンの外の場合があります。例えば、”Asking for a help  – 助けてほしい”とお願いすることが快適ゾーンの外の子たちもいます。

快適ゾーンの外は、親にとっても快適ゾーンの外の場合があります。

親は絶対に目線は落とさない。

子どもたちは親がみている目線を見ています。

よく「言葉掛け」の相談を受けますが、これは、何を言ったら良いのかではなく、

親の目線が言葉に影響します。

「どうせむり」というところに親の目線があれば、

「むりだった」と子どもたちは合わせてくるでしょう。

でも、

「やれるよ!」というところに親の目線があれば、

「やれる!」と、子どもたちは合わせてくるでしょう。

この10年、たくさんの日本の子どもたちの目を見てきました。

日本は子どもの心のケアに関してのサポートが足りない。アメリカの生徒は、「これから、半年、毎週木曜はセラピーがある」「今日は放課後セラピーだから!」と習い事のように話していました。

親や先生とは別にもう一人、大人が話を聞いてくれる機会。そうして、出来事と向き合い、気持ちに折り合いをつけていきます。

多くは、傷をおったまま、成長していきます。自然に治るものもあれば、一生の傷になっていくものもあります。

以前、相談にきた子は、高校生でしたが、小学生、中学生の出来事を話し、あたかも、昨日や今日起きた出来事のように話していました。その目は怒りと憎しみに満ちていました。そして、その気持ちは、未来の機会を狭めていきます。それは、学校が子どもたちの世界の全てだから。

だから、旅に出たほうがいい!

旅先で知らない人たちにお世話になった方がいい。その学校での世界が「自分の全て」ではないと感じるまで、旅に出ればいい。コミュニティーで育てばいい。色々な人たちと人生は進んでいけます。

FPの生徒たちも、少なからず、過去の出来事に向き合わないとならない生徒がいます。でも、一緒に向き合って、話に耳を傾けて、真剣に考えてくれる仲間達がいる。過去の出来事と向き合いながら、新しい仲間達と素晴らしい経験で上書きしていきます。涙ながらに話す生徒もいます。過去に蓋をしなくても良いし、無理やり忘れなくてもいい。仲間達と冒険を通して強くなっていきます。向き合っていける強さを育んでいけます。

そして、過去のことを話すなら、絶対にお土産話!冒険話!実は話すことで自分をお祝いし続けています!

騙し騙しの状態を続けて、「楽観的観測」で、成長を見守りますか。

覚悟を決めて、騙し騙しの状態から離れ、親自身と子どもの成長に挑んできますか。

覚悟を決めなくてはなりません。

覚悟を決めて、前へ一歩前進。

Awakening Excellenceへ

ギフティッド教育:ギフティッドと実行遂行能力

思春期は衝動的、感情的、インテンス、センシティブなど多感期な時期ですが、ギフティッドと見極められる子供たちは、これに拍車をかけ、「超」がいくつもつきます。

「超衝動的、超感情的、超インテンス、超センシティブ」

この時期に膝を突き合わせて、肩を並べて、話せる仲間たちがいるというのは、ギフティッドにとって、何よりも尊いものです。そして、この大変な時期にギフティッドの生徒たちが必要なものがあります。

それは、エグゼクティブファンクションスキルギフティッドと(実行遂行能力)を磨いていくことです。

私が教えていたギフティッドの中学校には、学習面ではあまり挑まれてこなかったギフティッドが入学してきていました。

何せ、小学校時代はほとんど挑まれてこないわけで、そして、勉強したことがない生徒たち、また一夜漬けの生徒たちなんですから、エグゼクティブファンクションスキル(実行遂行能力)なんて備わっていませんでした。

そして、年齢から考えてもまだまだ成長過程中なわけですから。

私たちが心にいつも留めておかなければならないのは、次の2点です。

①「まだ、備わっていない」ということと、

②「エグゼクティブファンクションスキルを育むのには、最高な時期」だということです。

エグゼクティブファンクションスキルってなんぞやというと、簡単にいうと、
私たちが手を差し伸べてしまうところです。

私たちがなかなか待てないところです。

私たちが子供たちの為にと思ってしてしまうところです。私たちが先回りしてしまうところです。

「もっと効率よくできないのかな」

「私だったら、今、もう始めているんだけどな」

「なんでも3日坊主」

「計画だけは立てるんだけどねぇ」

「段取りが悪いなあ」

「一夜漬けだったら、そんな結果だろうな」

と思う事柄です。

この時期、必要なのは、正しいやり方、効率良いやり方ではありません。必要なのは、試行錯誤して、自分なりのやり方です。子供たちが、好きなことに取り組んでいるのであれば、一歩下がって、エグゼクティブファンクションは育まれているか考えてみてください。

多くのギフティッドの子供は高度なことができていても、このエグゼクティブファンクションスキルは備わっていません。

大きな壁になりえるギフティッドの特徴&考え
 – 理解しているのであれば、なぜ実践する必要があるのか。
– 好き嫌いが明確。だから宿題は得意な好きな科目だけ。
– 完璧主義なところがあれば、できないような事には取り組まない。
– チャレンジしていないから、失敗もないという考え。
– 自分への期待が高いから、できないことへ厳しく自分を批判する。

「努力する」ということは自分ができないから。だから、やりたくない。それが意味することは、努力する自分を受け入れたくない。頑張る=自尊心を傷つける行為

今まで比較的なんでも簡単に物事を習得してきた。

時間がかかるものは、「自分が生まれ持ってできないから」という Fixedマインド(固定思考)があるかもしれない。

エグゼクティブファンクションスキル

1. 計画したり、予定を立てる

2. タスクを始め、それに集中し続ける

3. 感情や気持ちを制御する

ようするに 

「目的を達成するまでの計画」 

「段取り」 

「計画から遂行するまでのステップ」

「達成するまで感情に目を向ける」

 「気持ちの切り替え- 気持ちに圧倒されるのではなく、圧倒するエネルギーに変える」

もし、学校で挑まれていないのであれば、心配することは「学校で何を学んでいるか。学んでいないか」ではなく、「何が育まれていないか」です。

しかし、このエグゼクティブファンクションスキルは、学校だけで学ぶものではないので、それが一番の良いニュースでしょう。

習い事、家族行事、生徒には、どんな短期なゴール、長期なゴールはどんなものがありますか。また、それに向かって計画がありますか?それは、可視化できていますか。

本人も周りも、目的が見え、過程が見え、進行状況が見えていますか。
より準備が必要な旅に出ましょう。
より準備が必要な冒険にでましょう。

誰もがわかる可視化したものを作成していますか。ボードなど良いです。家のみんなが見えるところに作ってください。生徒たちは頭の中でわかっているものを、書くこと、作ることで、より理解し、そして、タイムラインもわかると、ステップが明確になります。

ギフティッドの子供たちに挑みましょう!

ギフティッド教育:ギフティッドの子供たちはエクストラに面倒臭い!それは尻尾を出しているかも!

「ギフティッドと見極められる子どもたちと絡むのは面倒臭い!と思うかもしれない。

「ギフティッドと見極められる子どもたちと絡むのは面倒臭い!」と思うかもしれない。

でも、「至福の時でしょう❤️」ギフティッドの子が目の前に立っています。
あなたは質問ぜめに合うかもしれません。

「なんで?」「どうして?」「もし、こうなったらどうなるの?」

仕組みに興味がある子が多いです。

知的好奇心のみならず、素晴らしい記憶力もあるので
つじつまが合わないと、あなたがする事に「なんで?」と疑問に思うかもしれない。

多くは哲学的な質問かもしれない。答えのない質問も多い。

あなたは常にチャレンジされています。

もう一度言います。

あなたは常にチャレンジされています。

知っているかし中ではなく、あなたの生き方。

乳歯が取れた時、枕の下に置いておくと、次の日の朝、歯の妖精は25セントコインに交換してくれています。そんな歯の妖精のお話をご存知ですか。

子供の歯が抜けたので、「歯の妖精がくるから、抜けた歯を枕の下に置いておきましょう」というと、

子供は「なぜ、それをしなくてならないの?」と嫌な顔をします。

あなたは子供の質問に答えられますか。

あなたはどんな理由を想像していますか。妖精と言っても、どんな妖精を子供は想像しているのでしょうか。

そして、子供はあなたに言います。

「乳歯は自分のもの。全部集めて、ネックレスにして、20才になった自分にプレゼントする。」

独創的な思考に戸惑うかもしれません。

ほらほら!尻尾を出してますよ!

ギフティッド教育:ギフティッドネスと旨味の奇妙な関係 前半

ギフティッドネスとは何でしょうか。

ギフティッドと見極められる子どもたちは誰なのでしょうか。

また、ギフティッド教育とは何でしょうか。

「うま味」という言葉は誰もが聞いたことがあるでしょう。

私たち日本人にとっては何百年も慣れ親しでいるものであります。

1908年に、池田博士によってうま味が発見されました。

甘味、酸味、塩味、苦味の4つに加え、この5つ目の「うま味」が独立した味として追加されました。

しかし、当初、海外の人は懐疑的だったらしいのです。

それは、うま味は独立した味ではなく、他の4つの味が混ざったものだと考えられていたからです。

しかし、最近になって、英語でもUMAMIとして、うま味の存在が認められてきています。日本において、出汁なしには和食文化は成立しない「うま味」でさえも、まだまだ「うま味=おいしさ」など、勘違いされているのも事実であります。

ギフティッドは旨味だ。

今瀬博

うま味が存在するのと同じで、ギフティッドと見極められる子どもたちは世界中に存在しています。

もちろん日本にもいます。アメリカにおいては約6%の公立学校に通っている生徒がなんらかのギフティッド教育プログラムで挑まれています。

ギフティッドは教育用語です。「ギフティッド」でなくても良いのです。名前はどうであれ、ギフティッドと見極められる子どもたちは存在します。大切なのは、そのギフティッドの定義を知ってもどうしようもありません。ギフティッドという教育ラベルの意味、そして、最終的にこの教育ラベルをどうしていくか。

海外の人がうま味が他の味と混ざったものだと懐疑的だったように、日本人にとってギフティッドは懐疑的であり、誤った情報で、ギフティッドを理解しているケースがあります。

例えば

「子どもはみんなギフティッドでしょ」

「ギフティッドは天才児」

「ギフティッドはIQが高い」

「ギフティッドはIQの凸凹がある」

「ギフティッドは才能がある」などです。

ギフティッドネスはIQや才能だけでは説明することができません。

それ以上のものです。

そう考えると、「ギフティッドネスはうま味だ」こんな考えが思い浮かびました。

色々な面で、「ギフティッドネスはうま味」という言葉で説明ができます。

「ギフティッドネスの概念がない日本にギフティッド教育を伝えるには?」は「うま味という概念がない国にダシの食文化を伝えるには?」と似ているのではないか。

そう考えると、出汁文化がない食文化の国にダシの素晴らしさ。

そして、うま味をどう伝えたら良いのか。うま味の相乗効果はどうやったら伝わるのか。

食べ物を発酵させない食文化で発酵食品である鰹節の素晴らしさをどう伝えたら良いのだろう。ちなみに世界での出汁文化はフランス、中国、そして日本があります。

出汁やうま味の言葉をネットで調べていると出汁の教室に参加された方の書いたブログを見つました。

そこで、鰹節問屋タイコウの稲葉さんのことを知りました。

「プロ中のプロ」と稲葉さんは紹介されています。

プロ中のプロっていったら、とんでもないプロです。

紹介のウェブページでは、稲葉さんが鰹節を説明している言葉が抜粋されているが、その言葉が人間味に溢れています。

プロでも、情熱を失っている人たちはいます。これは悲しいことですが、現実です。

しかし、稲葉さんはプロ中のプロだけでなく、情熱を持っているのがわかります。

稲葉さんから出汁とうま味のことを教わりたいと思いました。


「会いたい!」


幸運なことにも数日後に、愛知県岡崎市でに出汁の教室をするらしい。

その教室の名前は

「世界一美味しい!!だしとり教室」

次の日の朝、出発した。木曽駒ケ岳へ!

寄り道は人生を豊かにする

今瀬博

 私は自分の言葉を信じで、木曽駒ケ岳へ。

ちゃっちゃと登頂し、愛知県の岡崎市に向かいました。


いのちをつなぐ食育cafe「Evelina Mamma」に到着すると、すでに稲葉さんがいます。

神々しいです。照明のせいもあるかもしれないが、色々な意味で光光しい。

もうすでに圧倒されてしまいました。

私は以前、アメリカ人の友人に「真の男だけがピンクのシャツを着る」ということを聞いたことがあります。

稲葉さんはプロ中のプロだけでなく、真の男なのでしょう。(鰹節色のシャツにも見えてきます)

「結論、出汁は簡単。難しくない。」

結論、出汁は簡単。難しくない

タイコウの稲葉さん


教室が始まって5分。稲葉さんは「結論、出汁は簡単。難しくない。」と話した。その時、私もギフティッドについて「結論からいうと」という文から始めるとしたら、なんて言うのだろうかと考えながら、稲葉さんの話を聞いていた。

稲葉さんが話してくれることは鰹節について知らない私にとっても意外なことばかりだった。

準備してくれたハンドアウトには以下のように書かれている。

「鰹節のうま味の主役は、イノシン酸。この成分は生きている鰹にはありません。」

どういうこと?前のめりになる。

「包丁の入れ方で鰹節の表情が決まる。それは看板。基本、それは一人でやること。二人でやることはありえない世界。」

思った通り、稲葉さんは鰹節に情熱に溢れている人だった。問屋としての仕事の流儀がすごい。本当に言葉はストレートです。

我々消費者の責任の所在を明確にしてくるメッセージは耳が痛くなります。でも、愛情を持った直球を投げてきます。

「自分たちでやってみな」
実は鰹節に触るのは初めて!!!鰹のアタマを向こうに向けて皮を上と言われても、本当にわからない。とにかく、周りの人を見て、見よう見まねで鰹節を削るが、ここで思ったのは、「ほとんどの人は知らないのに、何を参考にしようとしているのか」ということ。

だから自分流にとにかくやってみました。たまに箱を開けるが、鰹節というよりも、鰹味の飴が入っている感じです。でも、色は鮮やかです。また、削っていくと、先ほどとは違う音を奏でています。箱を楽しみに開けてみると、そこには、さっきと違う色の「鰹味の飴」がそこにあります。何度、箱を開けても、思ったような鰹節は入っていません。

稲葉さんが手本を見せてくれました。全然違います。鰹節のホールドの仕方、そして、力加減です。「おー」と歓声が湧きます。今度は稲葉さんの見よう見まねでやってみます。

しかし、私はずっと「鰹味の飴」を作っていました。

イメージ図がこちら

「妄想商品名:鰹棒 (子どもたちはカツボーと呼んでいる)」

もしかしたら、私は鰹味の飴職人かもしれない。

「OO産とかは一切当てにならない。消費者が学ばないと」

これはいったいどういった事なのでしょうか。
「品質表示にの漁法や、保管方法が表示されていない。日本船による一本釣なのか、巻き網漁なのか、海外船での一本釣なのか。釣上げ後の処理法・保管方法が表示されていない。」と説明してくれます。

「最高の鰹節は一本釣りの鰹。苦しまないで死んだ鰹。そして、死後硬直でうま味成分が多くなる。」

どういうことでしょうか。

「巻き網漁で獲った鰹は網の中で暴れて死ぬから、苦しんで死ぬ。だから、尾が取れてしまうカツオもある。そうやって苦しむと乳酸がでるから、出汁が酸っぱくなる。」


写真を見せてくれました。確かに尾がない鰹があります。私は保存の為に処理されたものなのかなと思っていましたが、網の中で暴れているうちに取れてしまうようです。

「産地や表示で騙されてはいけない。消費者は学ばないといけない」

わかりました!

まとめると、「ダシを取るのは難しくない。最高の鰹節は巻き網漁ではなく、一本釣りの鰹。生きたまま冷凍される鰹ではなく、死後硬直があってから処理される鰹」

実は「ギフティッド教育はピンキリ」という私の言葉に驚かれる人もいます。

実はこれはあたり前の話だ。ギフティッド教育という面の表示を見て、「良いものだ」と思ってしまうのは、裏の表示を読まないまま購入してしまう消費者です。

ギフティッド教育といわれていても、大切なのは中身です。そのギフティッド教育を通して子供たちがどのような成長をしているかです。

中身のないものに「ギフティッド教育」というラベルを貼っても良いものにはなりません。

それは、ギフティッド教育に限らず、ラベルに騙されてはいけません。

保護者は学ばなくてはなりません。

どれくらい一本釣りで鰹を獲っているのでしょうか。鹿児島の枕崎市での鰹節生産に占める1本釣りの鰹節の割合は1%を切るということです。

日本のギフティッドと見極められる子どもの何%が、「自分のうま味」を自信を持って出しているのでしょうか。

「人は、良いか、悪いか、決めたがる。自分に合った出汁がいい。」

稲葉さんの 「鰹節+人生観」が本当に美味です。

後半へ続きます。